つれづれ日記
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| 2002年10月09日(水) |
ハイシローはFIV、FeLV共に陰性 |
ハイシローの去勢手術は6月23日に行った。その際に血液検査をされていたのだった。そのことをすっかり忘れていた。今日、書類をよくよく見てみるとハイシローの分もあり、FIV、FeLV共に陰性だった。その当時は当たり前とでも考えて印象に残らなかったのだろう。ポパイが陽性と分かり、青天の霹靂。それ以降の検査にのみ注目していた。6月以降に感染している可能性もあるが、ここはひとまず喜ぼう。
「山手ネコロジー」のメンバー、Y沢さんにはずい分長い間、会っていない。M浦さんとはよくそのことを話題にし、どうしたのかなあ、病気かなあ、と心配はするものの、これと言って緊急の用事もないので問い合わせるのをためらっていた。
今日午後、思いついてY沢さんにメールしてみた。すると早速M浦さんに連絡があった。今日、水曜日は私が缶詰をたっぷり持って餌やりに行く日だ。猫たちをスポイルしすぎないようにと、M浦さんともよく相談の上、週1回だけ行くことに決定したのだ。Y沢さんも私が毎日、猫たちを缶詰責めにしているのでは、と誤解し、余り来てくれなくなったのかも。
M浦さんもY沢さんもM本夫妻も、自分たちが行ってやらなければ、猫たちが飢えてしまう、との認識で(実際にはそうではないのだが愛情深い餌やりさんたちの心情はそうだ。)毎日通って来ていた。それなのに私が大量の缶詰を持ち込み、「山手ネコロジー」の餌やりの暗黙のルールをすっかり乱してしまった。反省している。然し、私を「たっぷり缶詰おばさん」だと認識してしまった猫たちは私がカリカリだけ持参しても承知しなくなってしまった。かくして缶詰パーティは週1回だけと相成った。
9時に家を出て小桃の駐車場へ。スミオとハイシローも来てしまったので、「新黒」も含め4匹に缶詰を与える。食べている猫たちをそのままにして「山手猫階段」の餌場へ向かう。もうM浦さんは到着していた。猫たち全員集合だ。新聞紙を広げてそこへ缶詰を空ける。ゲンキも出て来ている。M浦さんは昨日、ゲンキに下痢止めの錠剤を飲ませて引っ掻かれたそうだ。療法食の缶詰は食べず、普通の缶詰を食べるようになった。療法食はタビーに。
小桃の駐車場で給餌したスミオとハイシローが戻って来た。「新黒」までが来ている。そこへY沢さんの車がやって来た。猫たちが車の方へ駆け寄って行く。Y沢さんにも餌をたっぷりもらい猫たちはご満悦。Y沢さんとも「山手ネコロジー」について積もる話をする。外猫にはFIV感染猫が多いが、Y沢家の2匹の猫たち(メス済)も毎日、外へ出ているそうだ。これはかなりヤバイかも。上の方で諍う声がする。上がって行ってライトで照らすと、プリンスとタビーが睨みあっている。2匹とも10歳超の年寄りで、去勢手術をしたばかりだというのに・・
私がゲンキを捕まえて押さえつけ、M浦さんが錠剤を飲ませる。昨日は3回も吐き出されてしまったそうだ。今日は2人がかりなので、うまく行った。
Y沢さんも去り、餌場も片付けたが猫たちは立ち去らない。茂みに座っているプリンスの目やにを取りながら撫でると、もっと可愛がってもらいたくてプリンスは茂みから出て来た。一時、痩せて生彩がなかったプリンスだが、このところ良く食べ堂々たる体格を取り戻している。顔の大きさ、首の太さはどうだ。タビーもそうだが、ボスになりメス猫にモテるようなオス猫はやはり堂々たる体躯、顔つきをしているものだ。プリンスの太く固い首を撫でながらそう思った。
我々が小桃の駐車場へ向かおうとすると、「新黒」がハイエナ歩きで先を歩いている。駐車場へは他の猫はもう従いては来なかった。「新黒」はまるでずーっとそこで待っていたかのようにお墓の階段でスタンバイする。小桃は出て来ない。「新黒」にはカリカリをあげたが勿論食べない。
ゲンキの様子をもう一度見ようと正門前に戻ると、猫たちが集まって来る。これではいかんと、解散することにする。帰宅するとやはり11時近くになっている。
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