++るうの独り言++
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メールにて。
「カッパピアは閉園してしまったのをごぞんじですか? 記事を拝見しましたが、デッドリンクになっています。直したほうがいいと思いますが」
・・・直しません〜。ヾ(・・;)
「知らないかもしれませんが、ディズニーランドはチケットが大幅に変わっています。入場券だけというのはもうありません。記事を訂正したほうがいいと思います」
・・・訂正しませ〜ん。
「袖すりあうもたしょうの縁、というのは、他生が正しいです。どれか分からない時は辞書で確認したほうがいいですよ」
・・・┐( ̄ヘ ̄)┌
「健康ランドの○○はとっくに閉鎖になっています。記事を削除して下さい」
・・・ ┐(´ー`)┌
「独り言ですけど、××は△△と書くんじゃないですか? 字が間違ってます。直した方がいいと思います」
・・・┐(-。ー;)┌
こういった内容のメールがよく届く(届いていた)。 んで、“2月事件”である。(勝手に自分の中でそう名付けた)
そうか、と思った。 こういう感覚をもって我がHPを見ている人が結構いるのか、と。
カッパピアに行って楽しかったのも、そのころHPが存在したのも、 『群馬という海なし県の子どもたちを哀れんだ観音様が涙を流しました。それがカッパピアのプールになったのです』というありがたい話も知っているのだ。
その事実を、“今閉園になって存在しない”からという理由で削除したり訂正したりしろと? なかったことにしろと?
ほー。
これがもしかすると、大方の日本人の歴史観かもしれない。 目の前の事実しかみていない。 そこに到達するまでの過程(=歴史)は気にもとめない。 だからその事実があったときの、人々の感情や思いは無視。無いも同然。 今の自分の都合や感情を基準として、その時の人々の気持ちを判断する。 正しいのは『自分』。そうでない物は切り捨て、差別!(暴言)
ほーーーー。
漢字が間違ってるのは事実だ。(私はよくやる) んが、独り言のこのページである。 これは勢いこんで書いたなとか、かなりかっかしてるんだなとか、感情的になってるなとか、十分に判断できるわけで、 ある時は、「わざとやってるな。ニヤ」ともおもってもらいたいわけで、 私もあとで読みかえして、よっぽどわけわからん、という時以外は気がついても訂正しない。その時の感情と後の感情では微妙にくいちがうからだ。 「そのとき」の自分をとっておきたいからだ。
そういうことを、汲み取ってくださる、ありがたい訪問者がほとんどだが、 それでこんなに長く続けられて来たわけなんだが、 6年の我が家の歴史を・・・ひいては他人や日本や各国の歴史をないがしろにする人間が目立つようになってきていることをちょっと憂う。 そして彼ら(彼女ら)に自覚がないのもとても気になるのだ。
◆昔の今日の記事
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