下僕日記
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2007年05月24日(木) mirror DVD8

語れども、語れども。
なお尽きぬ興に、その深さを噛みしめる。

ライブもいよいよ本編ラス前。
どのアーティストでも一番の見せ場を持ってくるところです。

下弦の月
Shadows On The Floorとか、One more xxx…は実を言うとライブを当日生で観ていた時の感想とDVD本編を観た時のそれにはあまりぶれがない感じでした。
Shadows〜の方はむしろ、マルチカメラで6通りの映像を観た後で、本編を観るとなんだかすごくキます。広いステージをどれだけ大きく使って、かつそれぞれを完全に切り分けた世界としていくつも同時に作り上げていた事実がよくわかるというか。
そういう意味では、One more〜が最もぶれが少ないと言っていいのかもしれない。

で、下弦の月ですが。

生で観た時の完成度とDVDで観る完成度はどちらもとてつもなく高いのに、印象がまるで違うのがこのナンバーでした。
addictedはとにかく、ベスポジで観たーーーー!って感じになるのですがこの下弦の月は、ライブと印象がすごく違う。かといって世界観はさほど乖離しているわけではなかったんです。
この違いは一体どうしてだろう?
と思っていたら何度目かの視聴でようやく気付きました。
DVD版下弦の月は、ステージ全体を引きで撮った映像がポイントごとにしか使われていない(まあ、せっかくアップでじっくり観れるものですからロングショットばかりだったら切ないので当たり前なんですが)んですね。
対して生のステージは双眼鏡ガンミでもない限りは、常に全体像を観ていることになるわけで。
ソロコンは、むしろ双眼鏡使うのもったいないんであまり使用してなかったんですよね、私。
だって、アップ観たければバックのモニタ観ればほぼ光ちゃんのアップ観れるし。ならば全体観ますよそりゃ。だってすごくよくできてるステージなんだもん。アップならばDVD観ればいいや、と(この時点で発売を露ほども疑ってませんよ、私)思うわけです、私は。
その割りにもろもろが記憶からこぼれ落ちてますが、人間の記憶力なんてそんなもんです。
いいわけはおいといて。
とにかく、ライブ当日は全体を観ていたのでモニタに映ったPVとステージで繰り広げられているパフォーマンスを私は同時に観ていたんでした。
PVの中の光ちゃんと、ステージで踊る光ちゃん。
どちらも同じ人で、でもそのシチュエイションがまるで違う。
PVで繰り広げられる血なまぐさい斬り合いをよそにステージで現実に展開する妖しい、と言ってもいい異界の宴のごときパフォーマンスの落差に圧倒されていたんですよ。
あんな体験、なかなかできない。
両方ともがっちり作り込んでいるから、どちらも負けずにすごく濃い世界を主張しあっていて、それがケンカしているかというと不思議に融合してるという。
人間ってすごいなあ、とちょっと思ったんでした(笑)
同時に、二つの異なる世界を追えるんだもんなあ。
で、DVDになるとさすがにこれを追体験させるには延々ロングショットでいかなくちゃならない。で、多分ロングショットでずっとカメラ固定でも伝わりきらない気がするんですよね。
というかですね。
こればっかりは光ちゃんには、味わえない感覚だったと思うのですよ。
映像を観てもわからないことってあるんじゃないかな。得しちゃったな、と(笑)そんなことを思いました。
DVDは、もう最初からステージで繰り広げられていた魔王様の宴を追ってます。
イントロの横からの黄色いスポットの中を女性ダンサーがしずしずと出てくるところは、何度観ても「狐の嫁入り」を連想します。でも、本当は魔王様がおなりになる前の先触れなわけです。
従者を従えた魔王様が舞う姿は、圧巻の一言。
最初のコーダの手のアップはよくぞ!と、光ちゃんに付け届けしたくなる。
ああ、本当に衣装が変わってよかった。まだ言うか。ああ言うさ。
衣装も演出の一部だと。
あのチャンピョンガウン。オフショットで観たらさほどでもなかったけど会場で観ていた時のあのもやっとした感じは耐え難いもんだったんで(笑)
白のスポットがバックの闇と相まってひどく幻想的です。
ローアングルからの神の所業か?というようなパーフェクトショットがいくつもあり。ああ、左右どちらのサイドのカメラもいい仕事してます。
光ちゃんは手を広げると途端に周囲の空間がびっくりするくらい広がる人ですが、下弦はその広がりをもっとも堪能できるナンバーではないかと思います。
傘の演出とか、DVDで観るとすごいいいのね。
この演出はライブより映像のがよく見える気がする。
紫の傘を女性ダンサーに渡すところの淀みの無さとか、ため息出ますよ。
紅い花びらが舞う映像と紅い傘が回る様がシンクロしてるところとかびっくりするくらい綺麗。
バックが暗闇に近いから、ふいにスポットの中にダンサーが入ってくると突然宙から現れたみたいに見えるんですよね。そこもぞくぞくする。
この曲で最もすきなところは、真っ赤なライトの海に沈みながら、低い和音がいくつも出てくるところです。
音が鳴る度にポーズを決める姿が「お願い血ぃ吸って!」と頼みたくなるほどに(いや、吸血鬼と違うけども!)キます。
個人的にはここ、音の度に光ちゃんの正面ローアングルからの全身アップめショットだろう!と思うのですけども!
マルチ観たらちゃんと撮れてるのに!!!!
あと、白のスポットの中に一列に魔王一族の皆さんが並ぶところ、好きだったけどこれはライブの時の方がよかったかなあ。
反対に、ライブの時には普通に観ていたバックの紅い花びらが舞うモニタの映像がDVDになると恐ろしいほどハマッていて世界を完璧に作り上げる大事な要素になってるのがわかります。
マルチで観ても、そのすごさがよくわかる。
ああ、ホントにすごいナンバーだ。

夜の海
現時点で多くの友人が、光ちゃんの作曲した中で最も完成度が高い曲だと言ってます。
確かにすごくよくできている曲です。メロディーラインもとてもとても綺麗。
雄大な広がりのあるナンバー。
佳曲という言葉はこの曲のためにある。
妖しい雰囲気の下弦の月から一変。これはどこまでも静謐で静かで幽玄…という形容詞を思いつくような様相に。
幽玄という言葉はあっているのか?と思って調べてみたら以下のような意味がひけました。

(1)奥深い味わいのあること。深い余情のあること。また、そのさま。
「―な調べ」「何処からともなく―な、微妙な奏楽の響きが洩れて来た/少年(潤一郎)」
(2)奥深くはかり知ることのできない・こと(さま)。
「自己の意思を通して―なる自然の真意義を捕捉することができるのである/善の研究(幾多郎)」「事神異に関(あずか)り、或は興―に入る/古今(真名序)」
(3)優雅なこと。上品でやさしいこと。また、そのさま。
「内裏の御事は―にてやさやさとのみ思ひならへる人の云なるべし/愚管 4」
(4)中世文学・中世芸能における美的理念の一。余情を伴う感動。
(ア)俊成の歌論では、静寂で奥深く神秘的な感動・情趣。
(イ)正徹の歌論、世阿弥の能楽論では、優雅・妖艶な情趣。
(ウ)為家の歌論、心敬の連歌論、禅竹の能楽論では、枯淡にして心の深い境地。ひえさびた美。
[派生] ――さ(名)
(goo 国語辞典より引用)

なんだ、やっぱりあってるじゃないか。てか、ぴったりだ。
これはやっぱり帝劇で観るのが一番綺麗だというのは、ソロコン観た後でも変わってないのですが、空間的な広がりはさすがにソロコンVer.のがあります。
当然ですが。
あと、SHOCKでは台詞が語られている部分もちゃんと歌って踊ってくれているのが嬉しいところ。
これはロングショットが泣ける。
ぴったりですよ、ぴったり。
全員呼吸ぴったりで、振りも完璧にあってる。
観る度に泣けちゃうのは、この曲が始まるとSHOCKの……Endless SHOCKの「あの」エンディングが近づいているのがわかるからですが、ソロコンでこれを聴けたおかげで少しだけこの曲に対して平静になることができるようになりました。
ラストの羽根が舞い上がるところは、合成ではないのです。
ホントに舞い上がってるんですが。
嘘みたいにはまりすぎてるから、却って現実のことではないような気持ちになってしまう。
ちなみにmirrorコンDVDでも、ちゃんと手を伸ばすところはいい塩梅のひきで入っていて大変満足です。

愛の十字架
本編ラスト。
これは、やっぱりMAとダンサーがステージに降りてくるところを全員分!ちゃんとアップで抜いてるところ(屋良・パナはちょうど高さがあっていて光ちゃんのバックにずっと映ってるので改めて抜かれてはいませんけども)に光ちゃんのキャストへの愛情が感じられてたまらなくなります。ちょっと泣いた。
キャストを迎えるために腕を広げるところもとてもくる。
生で観ている時にはMAが光ちゃんのバックで作る「鎖」がすごくお気に入りでした。
ちょっと映ってます。あれを観るときゅんとするんだな、私。
最後にみんなでクロスを作るのもすごくすきなところです。
あと、手を胸にあてるお辞儀。
何度観ても素敵。あの仕草がナチュラルに似合うのはやっぱり王子の証だと思うのですがどうでしょう?

さ、次は幸せな幸せなアンコールです。が、下弦でとてつもなく語りすぎてるので長くなってます。
ので。また。


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