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| 2005年05月31日(火) ■ |
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| 98映画ノートから「スリング・ブレイド」 |
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98.3.28 シネマ・クレール 「スリング・ブレイド」 監督・脚色・主演ビリー・ボブ・ソートン/ルーカス・ブラック/ドワイト・ヨーカスジョン・リッター/ナタリー・キャナディ 始まってしばらくすると、これはアメリカ版「うなぎ」だと思った。母親と同級生の情事を観て二人を殺してしまった12才の主人公、悪いとは思わなかった。しかし、男は精神病棟に入れられ、25年ぶりに娑婆に出る。男はどうやって自分を取り戻すことができるのか。「うなぎ」とおなじように、人と人との関係の中から彼は自分が必要とされていること、人を思いやる気持ちを学ぶのだ。しかし、アメリカと日本は違う。
アメリカではやはり「聖書」が彼の倫理を支えるのに重要な役割を果たす。彼は人を殺すことはよくないことであることを聖書によって学んだ。聖書は「わかるところもあるし、わからないところもある」という。それがなになのか具体的には語られなかったが、まさに映画はその部分をかたたったのである。最後にルーカス親子を助けるために、人を殺すところを、この映画は悪いことだとは描いていないようだ。聖書は許さないが、しかしアメリカ人は許してしまう罪をここでは描いている。日本の「うなぎ」では、また殺人を起こすなんてだれも予想ししなかったし、実際にしなかった。アメリカの場合は、最初からその危険を孕みながら緊迫した画面が続いた。
正義のための戦争が支持される世界がここにある。
ドワイト・ヨーカス演じる敵役はほんとに嫌な奴である。人を悪し様にいっては「冗談だよ」といって人を侮辱する。しかし日本では彼は絶対生きていけない。彼は孤立するだろう。母親は彼に男としての魅力を感じながらも、子供のために身を引くだろう。よって日本ではここのような悲劇は生まれようもないのである。そういう難しいことを考えたいい映画だった。
《現在の感想》 私が初めてビリー・ボブ・ソートンを認識した作品。それまでも彼を見ていたのかもしれないが、たぶん気がついていなかった。これより意識して彼の名前を追うようになると、その演技力もさることながら、そのカメレオン俳優ぶりにいつもびっくりした。
この頃アメリカの「正義のための戦争」という言葉が頻繁に出るのは、決してアフガンやイラク戦争を予見していたからではなくて(<当たり前)、いまだ湾岸戦争のことが頭から離れていなかったからに他ならない。
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