初日 最新 目次 MAIL HOME


読書・映画・旅ノート(毎日更新目指す)
くま
MAIL
HOME

My追加

2004年12月31日(金)
『山田洋次の<世界>』 切通理作

『山田洋次の<世界>』ちくま新書 切通理作
映画『たそがれ清兵衛』への評価の中で、私の回りの者の多くは「世のリストラ父さんたちへの応援作品である」という感想を持っていた。確かに、派閥抗争の中で自分を殺してしまった余吾善右衛門に対し、清兵衛は大切な家族を護った、ように思える。しかし私は後になるほどあれがハッピイエンドとは思えなくなっていた。ひとつは清兵衛が実力で余吾に勝った訳ではないこと。余吾の刀が欄干に引っかかったのは自殺であるとしか思えない。ひとつは清兵衛はその三年後、企業戦士として戊辰戦争で戦死する、とナレーションで語られること。どうして世のお父さんはそんな作品で癒されるというのだろうか。しかし、それは私が「山田洋次は幸福に終る明るい作品しか描かない」というへんな偏見を持っていたため、歪んだ見方をしていたためだったのだ。

監督の作品を初期からずっと観ていくと、ハッピイエンドはおどろくほど少ない。『学校』シリーズはいつも厳しい社会に出ていく直前で終っている。寅さんにしても、本当の最後は不幸な「野たれ死」であったかもしれないが、その一歩手前でいつも終っていたのかもしれない。『人生の地獄』の中にある『ふとある幸せな時間』。その「リアルさ」にわれわれは癒され、元気を貰っていたのかもしれない。『家族』『故郷』を観れば更にはっきりする。

著者は子供の頃おじさんに「寅さんが男の中の男なんだよ。大きくなればきっとわかる。」といわれたそうだ。女性がいうのならともかく、医者をしているりっぱな大人がいうのである。若い人は「どうして風来坊が」と思うであろう。しかし人生も後半にかかった私などはこの言葉は「その通り!」と思うのだ。