| 2026年08月05日(水) |
海水浴はダサいのか? |
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夏と言えば海、夏と言えば海水浴だと昭和のオレは思っていた。女の子を誘って海に行くというのは、水着姿の女性を拝めるというラッキーなこともあったからである。しかし、その海水浴客は激減していて、多くの海水浴場が閉鎖に追い込まれているという。海の家を出して、監視員に日当を払って整備するということが赤字になってしまうので海水浴場をやめてしまうのだ。
30年間のうちに海水浴客は1/10くらいに減ってるのだという。ではみんなどこで遊んでるのだろうか。極小ビキニ、マイクロビキニのお嬢さんを眺めるというオッサンの娯楽はもうなくなってしまったのだろうか。子どもにとって、海岸で遊ぶという楽しみはもうなくなってしまうのだろうか。
海に行かなくても室内のプールで楽しめるし、海水よりも真水の方が濡れても平気だし、確かに海水浴は面倒である。「海に行く」というイベントが消滅するのはなんか残念な気もするが、その分海難事故とかが減るのはいいことかも知れない。
海に行く人は減ってるのに、登山者は増えている。体力も経験も乏しい人たちが安易に登山して、疲れて歩けなくなったというだけで携帯電話で救援を求めるという話も聞く。人々は海ではなく山にシフトしたのだろうか。そういえば昔は登山者はそんなに多くなかったから富士山や乗鞍岳に自転車をかついで登るということが可能だったのかも知れない。京大サイクリング部の一年先輩で後に京都大学工学部の教授になった木村亮さんは富士山に自転車を担ぎ上げている。オレも2回生の時に乗鞍岳に自転車を担ぎ上げた。そういうことが可能だったには登山者が少なかったからだと思うのである。
考えたら海外からの旅行者が日本に来て海水浴をするというのは聞いたことがない。それだけ日本の海水浴場は魅力的ではないわけだ。昔は湘南海岸とかものすごく混雑していて銭湯レベルだったわけだが今は空いてるのだろう。
どうすれば海水浴客を増やせるのか。これはとても難しいことなのである。考えたらオレは海が好きじゃない。こういうことは海が好きでお魚と戯れるのが好きな方に考えてもらうしかない。海水浴という娯楽の人気がなくなったとしても、客が消滅するわけでもない。だったら場所を限定してそこだけに人が集まるようにしたらいいのかも知れない。
オレの母の郷里である坊津には「丸木浜」という素晴らしい海水浴場があった。そこには昔は塩田が存在し、4人の子を抱えた祖母はその塩田で力仕事をしていたということを母から聞いたことがある。子どもの頃に何度か鹿児島に帰省して、その丸木浜で泳いだこともある。そこは今はどうなってるのだろうか。
ちょっと気になってストリートビューで確かめて見た郷里の集落は、今はほぼ廃墟となっていた。もうほとんど人も住んでいないのだろう。限界集落を飛び越えて一気に無人集落へと向かってしまったのかも知れない。
海水浴場のある「田舎」のどんどん人口が減ってしまって、観光客を受け入れることが不可能になってきているという事情も大きいのかも知れない。滅びて行くのは「海水浴」という文化ではなく、田舎の海辺の集落が滅びてしまったということがもっとも大きな理由かも知れないのである。
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