江草 乗の言いたい放題
コラムニスト江草乗の日記風エッセイ クリック募金にご協力お願いします。

日記目次(検索可能)前日翌日 エンピツ投票ランキング  江草乗の写真日記  ブログ  お勧めLINKS  

ご愛読ありがとうございます。「江草乗の言いたい放題」は読者100万人を目指す社会派コラムです。一人でも多くの方が読んでくださることで、執筆意欲は倍増します。ぜひ、お友達に勧めて読者数UPにご協力ください。掲示板へのご意見の書き込みもお願いします。

2015年02月17日(火) 曾野綾子さんは差別発言をしたのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 作家の曾野綾子さんが産経新聞に掲載したコラムの中で、「外国人と居住区だけは別にした方がいい――。」と書いたことが、アパルトヘイトを容認する発言として波紋を呼んでいる。多くの国を訪問されてさまざまな文化を理解されている曾野綾子さんが、人種差別主義者であるとはオレは思えないし、少なくともコラムの文脈を正しく理解すれば、南アフリカで白人が居住していたマンションに黒人が大量に入居し、結果的に居住設備が崩壊して水道も使えなくなったという事実を記しているわけで、それがいきなり「人種差別」発言であるというのは飛躍しすぎている。

 もしも日本に外国人が移民としてやってくる場合、どんな場所に住むことを選ぶだろうか。自分と同じ国の人達が大勢暮らす街があれば、それは重要な選択肢となり得るだろう。つまり、日本国内に中国人の多い町やケニア人の多い町、ネパール人の多い町が存在すれば、それらの国の出身者たちは当初はそこに住んだ方が過ごしやすいだろう。しかし、就職や進学の際にはもちろんその居住地内では完結しないので外に出て行くことになるだろう。曾野綾子さんが書かれたのは単純にそういう発想ではなかったのか。またそうして居住地域が分かれていることによって無用な文化的な摩擦やトラブルを防ぐという意図があったのではないかと思うのだ。

 もちろんそうした居住区が形成されることはこれまでの日本社会ではあまりなかったことであり、それが新たな差別を生み出すという危惧はよくわかる。しかし、いろんな国からやってきた子どもたちが同じ小学校で机を並べて学ぶ中で、そうした人種間の壁というのは解消されていくのではないか。それこそが多文化共生であり、いつしか子どもたちは新たな友達と遊ぶために居住地域に関係なく行動するようになるのではないか。オレはそんなことを思うのである。

 オレは移民の受け入れには賛成である。そして、できれば日本が好きな外国人にどんどん日本を居住地として選んでもらいたいと思っている。グローバル化というのはただ英語を使えるようになることではない。さまざまな国の文化を理解し、お互いを尊重できる価値観を持つことだ。そのためにもさまざまな国の人々が日本で暮らすような社会になって欲しいのである。

 たとえば日本以外の国では道路に平気で大小便したり、地下鉄の車内で子どもにウンコをさせることがありふれたできごとの国があるかも知れない。それは日本のマナーとは大きくかけ離れたものである。そうした傍若無人な行動が日本社会では受け入れられないということを理解してもらうために、そして日本文化を身につけてもらうために同じ小学校で学ぶのではないか。大人たちの間には文化的なギャップが存在しても、それを埋めるのが次の世代の若者ではないのか。もちろん学校でいじめや人種差別由来のトラブルが起きないように教師は十分に配慮する必要はあるが、何より子どもたちはすぐに仲良くなれる。一緒の遊びをすることで文化や民族の垣根をこえて理解が進むはずである。

 日本で暮らすということは、日本人となることを選ぶことだとオレは考える。もしもオレがアメリカに永住しようとしたり、フィンランドに永住しようとするならばその国の人間となることを希望するだろう。それと同じように日本を愛し、日本に永住することを望む外国人はそのまま日本文化を受け入れ、同化することを選ぶべきなのだ。

 人種差別思想は西洋人の価値観であり、日本人、特に関西人にはそういう発想はない。東京では「よそ者」を受け入れない風土があるかも知れないが。大阪ではもしクラスに外国人の子どもがいても普通に受け入れて共に遊ぶのが普通である。大阪で人を計るモノサシは人種ではなく、「おもろいか、おもろないか」だけである。日本人でもつまらないヤツは人気がなくて友達ができにくいし、どこの国の人であってもおもろいヤツは人気者になれるのである。

 多文化共生は難しい。しかし、実現したときに得られるモノは実に大きい。曾野綾子さんは「外国人を差別する」ことが目的でそのコラムを書いたのではないだろう。どうすれば日本社会に移民を受け入れやすいのかという意味で、最初は居住区を分けて摩擦や衝突をなくしたいということだったのだろうとオレは思っただ。

 欧米の諸国が「人種差別」を国是としていた頃、第一次世界大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会において、大日本帝国は人種的差別撤廃提案(Racial Equality Proposal)を主張した。しかしこの提案はイギリスの自治領であったオーストラリアやアメリカ合衆国上院が強硬に反対し、ウッドロウ・ウィルソンアメリカ合衆国大統領の裁定で否決されたのである。国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初である。当時のアメリカではひどい黒人差別があった。そんな中で日本こそが当時もっとも進んだ人権思想を持ち、差別のない国だったのだ。満州国は「五族共和」の精神で建国されたのだ。

 アメリカでもヨーロッパでも人種差別はなくならない。彼らが声高に人権思想を叫ぶのは、実際は街に差別主義者が蔓延してることの裏返しである。日本人こそが真に寛容な精神でさまざまな国の文化を受け入れることができることを今我々はアピールすべきなのだ。なぜ中東の諸国は日本を認めてるのか。それは日本が欧米とは違った価値観を持つ第三極であると期待しているからである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。
応援の投票ありがとうございます。"/←1位を目指しています! m(_ _)m   投票博物館


My追加
江草乗の言いたい放題 - にほんブログ村

前の日記   後の日記
江草 乗 |ファンレターと告発メール   お勧めSHOP エンピツユニオン