江草 乗の言いたい放題
コラムニスト江草乗の日記風エッセイ クリック募金にご協力お願いします。

日記目次(検索可能)前日翌日 エンピツ投票ランキング  江草こだわりの店  江草乗の写真日記  ブログ  お勧めLINKS  

ご愛読ありがとうございます。「江草乗の言いたい放題」は読者100万人を目指す社会派コラムです。一人でも多くの方が読んでくださることで、執筆意欲は倍増します。ぜひ、お友達に勧めて読者数UPにご協力ください。ランキングであの日本一の「きっこのブログ」を超えることが目標です。スポンサーサイトへの訪問、投げ銭がわりのお買い物、掲示板へのご意見の書き込みもお願いします。江草乗応援プロジェクト←江草ファンなら一日一回開きましょう。 秘密の京都世界戦略室インク激安屋もぜひよろしく!

2009年07月10日(金) 英語教育はいまのままでいい        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

どうかお読みになる前に投票ありがとうございます。←応援のクリックをお願いします! m(_ _)m 

大人の写真日記に取り付けた新しい投票ボタンが面白いです。成長の記録をぜひごらんになってください。

 小学校で英語の授業がはじまるそうである。中学高校と6年間も勉強しているのに話せない英語教育には意味がないそうだ。だから小学校からはじめるのだという。オレは一言「あほか!」と言いたい。現行の英語教育の結果、話せる者もいれば話せない者もいるわけで、それは本人の資質と努力の問題であり英語教育の欠陥ではない。大学の入学試験で最近ではやっとヒアリングが取り入れられて「聴き取る力」が判定されるようになったが昔はそんなモノはなく、ただ単に「読み書きする力」だけが求められたのである。日本人は確かに英語をちゃんと話せる人は少ないのかも知れないが、読み書きできる人はかなり多い。偏差値の高いまともな大学に進学してる人は英語がそこそこできるはずである。読み書きできる人が話せるようになることはそれほど困難なことではない。しかし、読み書きできないけど話せる人が、読み書きできるようになるのはとても困難なことである。小学校での英語教育は「読み書きできなくても話せる」というレベルを目指させるのだろうか。そんな英語力はそれこそ植民地支配の宗主国にとってもっとも都合の良い教育である。ふざけるな!と言いたくなる。

 中学高校できちっと学び、受験勉強した英語力がベースにあるから、英会話を習ったときにスンナリと入っていけるのである。文部科学省の意図していることは、受験勉強できていない者でもとりあえず話せるようにしたいということなんだろうか。話せることにそんなに価値があるのか。アメリカにいれば3歳の幼児でも話してるじゃないか。しかし3歳の幼児は読み書きはまだできないのが普通だ。話せることと読み書きできることの価値の軽重を間違えてはならない。日本の英語教育には確かに多くの問題点があるだろう。ただ少なくとも受験勉強をくぐり抜けて難関大学に入った若者たちの英語力は相当のものであるはずだ。ところが中学高校をろくに勉強もせずに遊んで暮らし、「北斗の拳」の世界みたいな荒れた高校でケンカばかりしていた馬鹿が英語ができないのは当然である。英語が話せるかどうかは、英語教育の仕組みの問題ではなく、本人にその気があるかどうかというだけで決まるのだ。

 今の英語教師たちは必ずしも学生時代に英語が一番良くできた人たちではない。それもまた事実である。英語が本当によくできる一握りの秀才たちは医学部に入ったり東大や京大に進学する。多くの英語教師を輩出している東京外国語大や大阪外国語大は旧二期校であり、東大や京大の受験に失敗した生徒の受け皿でもあった。だから外大生よりも東大・京大の学生の方が入学時点では英語のレベルが高かったはずである。外大生には「英語だけができる」「英語しかできない」方たちが多く、東大や京大には「英語だけではなくて数学や国語もできる」人たちがいた。それは客観的な事実なのだ。しかし、東大や京大を出て英語教師になる方は極めて少ない。

 オレは中学の時にひどい英語教師に当たったことがある。その教師は「単語は手で覚えるものだ!」と言って宿題で単語を20回ずつ書かせるとか、間違えたら100回書かせるとかいうペナルティを課した。そんなことをしなくても覚える生徒は覚えるし、覚えられない生徒はやっぱり覚えられない。それに覚えるのは脳であって手ではない。オレはその教師に対して「あんたの脳みそはもしかして手にあるのか?」と冷笑していた。そんな教師に当たると災難である。英語学習とはそんなただの手の訓練ではないはずだ。

 小学校で英語教育を実施するということは、とんでもないはずれの英語教師が指導する可能性があるということだ。現行の採用試験では英語の能力をきちっと判定などしていないだろう。それともすべてネイティブスピーカーに任せるということで大量の外人を雇うのか。少なくとも「話す」ことに於いては彼らはそれなりに頑張るだろう。しかし読み書きの能力はどうなのか。英文を和訳する・・・という高度な作業は日本語を母語としない人たちには極めて困難なことである。もっとも小学校ではそんなに高度な英文は出ないと思うけれども。

 オレは小学校で英語を教えることには断固反対する。そのためにカットされる科目はいったい何だ? 時間数を減らされた科目の学力は確実に低下する。余計なことをしたせいでさらに若者の学力は低下してしまうのである。英語を勉強するのは中学に上がってからでいい。大学受験のためにちゃんと勉強している生徒たちは、基礎的な英語力は身につけているはずだからわずかな訓練で話せるようになるはずだ。それで十分である。今の英語教育の中で多くの日本人ビジネスマンたちは英語力を身につけ、世界で活躍してきた。もしも現行の英語教育に欠陥があるなら、世界で活躍できる日本人は一人もいなかっただろう。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。応援の投票ありがとうございます。←1位を目指しています! m(_ _)m      週刊アクセス庵もよろしく。   投票博物館


My追加

前の日記   後の日記
江草 乗 |ファンレターと告発メール   お勧めSHOP HP・教師EXAの秘密の部屋 お金儲けの情報満載 江草とeichanの株式問答掲示板 こだわりのマウス専門店、マウスヲタク エンピツユニオン