江草 乗の言いたい放題
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2008年04月14日(月) 大阪で一番おいしいお好み焼き屋さんの閉店        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

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 オレはお好み焼きが好きだ。いつ頃から好きなのか自分でもよくわからないのだが、とにかく物心ついたときからオレはお好み焼きが好きだった。子どもの頃、母が八尾の亀井にあった卸売市場の近くのお好み焼きに連れて行ってくれたことを覚えている。両親のお手伝いをして露天商についていった時、お昼にお好み焼きを食べることも多かった。しかし、自分で一人で行くようになった最初の店は、河内天美にある「和美」という店だった。その店は私の紹介する こだわりの店の中にもいれてある。数多くのお好み焼き屋をオレは制覇したが、自分が一番美味しいと感じるのはその店の味だった。なぜそうなのかはわからない。しかし、少なくとも自分にとってはその味がまぎれもなく「大阪で一番うまいお好み焼き屋」だったのだ。

 学生時代を過ごした京都では、先斗町の歌舞練場の西の、もとはお茶屋さんだったという建物の「千富」というお好み焼き屋さんがお気に入りだった。大阪市内ではJR天満駅近くの「菊水」という店がけっこうオレのお気に入りだった。しかし、どちらもお好み焼きの値段は結構高かった。オレにとって「安いけど一番おいしい」店として、河内天美にあるその「和美」という店は存在していたのだ。イカ玉が340円、肉モダン焼きが430円、焼きそば大が400円という昔のままの値段でその店はひっそりと路地裏に存在し、大学を出てから実家に帰って田舎教師になった自分にとって、その店の味がそのままであることはとても嬉しかった。

 働いていたスーパーが倒産して、父が家で過ごすようになってからは日曜日や土曜日に父を連れてオレはよくその「和美」に出かけた。その店で父とお好み焼きや焼きそばを一緒に食べる時間は、まぎれもなくオレたち親子にとって至福の時間だったのだ。オレが「おとうちゃん、お好み食べに行くか?」と訊くと父はいつも喜んで返事をした。父の再就職が決まるまで、オレは毎週のように父と二人で日曜日の昼に出かけたものである。

 いつものようにオレはお好み焼きを食おうと思って、いつもの駐車場にクルマを入れてからいそいそと河内天美駅前の踏切を渡り、交番の前のパチンコ屋の横の路地を入った。いつも流れてくるソースの香りがしなかったので「あれっ?休みなのかな」と思って店の前まで行くと、そこにはこんな張り紙があった。オレは言葉を失った。




 もう二度とあのおいしいお好み焼きを食べられないのかと思うと、なぜもっと毎日のように来なかったのかとオレは悲しくなった。3月で閉店するとわかっていたなら、3月中に自分の知る限りの友人を連れて、その店のおいしいお好み焼きを味わってもらえばよかったのに・・・とオレは悲しくなったのである。オレがその店のおいしさを語るとき、そのコトバは「一度実際に食べてくれたらわかるよ」という裏付けのあるコトバだった。しかし、もうその店は存在しないのである。オレがどんなに熱くその店のお好み焼きを語ったとしても、もはやその事実はオレの記憶の中にしか存在しないのである。なんということだろうか。

 40年の長きにわたってその店はずっとその地で営業してきた。開店したときに30歳なら今は70歳ということになる。お昼時には超満員になるお店で毎日お好み焼きを焼き続けるという激務がどれほど肉体的にハードなモノであるか、オレには想像もつかない。お店でお好み焼きを焼いていたおばちゃんも40年分しっかりと年をとったのである。確かに焼きそばを焼くその手つきが昔のようなてきぱきとした感じじゃなくなったなあとは思った。そして、40年間、お店を切り盛りするスタッフはほとんどそのままだった。お嬢さんかお嫁さんに見える方が加わったくらいで他はそのままだった。

 張り紙には閉店の理由は何も記されていなかった。しかし、後継者がいなかったのならいつか店は継続できなくなる。それは厳然たる事実だ。他にもいろんな理由があったのかも知れない。小麦粉が暴騰して同じ値段ではとてもやっていけなくなったとき、値上げしてお客さんに不愉快な思いをさせるよりも、閉店という道を選んだのかも知れない。それは推測するしかない。ただ、この美味しいお好み焼きが食べられるのなら、多少値上げになってもかまわないというのがオレの正直な気持ちだった。こんな美味しいお好み焼きがこんなに安いということでオレはむしろ罪悪感を感じていた。もしも小麦粉の値上がりが原因ならば、どうして値上げしてでも店を続けてくれなかったのかとオレは思ったのである。

 お好み焼きを食べていて、オレは一度お店のおばちゃんに「HPで書いてくださったんですね」と声を掛けてもらったことがある。なんでもお嬢さんがオレのサイトの「こだわりの店」のページを印刷して見せたそうなのだ。きっとそれを読んだだけで、店に良く来るあやしいオッサンがそのサイトの主であるとすぐにわかったのだろう。オレは赤面した。そして、勝手に紹介した非礼を詫びたのである。

 オレ以外にも「和美」には多くのファンがいたようである。わざわざ遠くからクルマで来る方も多かったらしい。昔その街に住んでいて、久しぶりにやってきた時やはり懐かしい店を訪れるというパターンもきっと多かっただろう。週末しか営業しないその店に、多くのファンは通い続けたのだった。きっと多くのファンがあの閉店の張り紙の前に立って茫然としただろう。あまりのことにコトバを無くしただろう。単なるなじみの店という程度のものではい。オレにとってその店のお好み焼きは、それこそ毎日食べても絶対に飽きることがない、オレにとっての主食に等しい最高のお好み焼きだったのだ。それをオレは永久に失ってしまったのである。なんということだ。

 大阪には有名なお好み焼き屋がたくさんある。もちろん他の店もそれなりに美味しいことは認める。しかし、そのどの店もオレにとっては「単なるお好み焼き」であり、毎日食べるには飽きてしまう味だった。中学生の時から数えると35年近く、つまりほとんど店の歴史と同じくらいの期間、オレはその和美のお好み焼きを食べてきたのである。ずっとその味を愛してきたのである。

 「もう二度とあの美味しいお好み焼きを食えない」という事実は、オレの心を寂寥感で満たした。「貸店舗」になってしまったあの店で誰かが再びお好み焼き屋をするのだろうか。そしてあの味を再現してくれるのだろうか。それともやはりあの味は永遠に失われてしまうのだろうか。30数年連れ添った恋人が急死したようなショックをオレはこれからどう受け止めればよいのか。そんな悲しい事件だったのである。

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