江草 乗の言いたい放題
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2006年09月16日(土) 誰が高松塚を台無しにしたのか・・・        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 奈良県明日香村の高松塚古墳石室内が、来年の解体を前に報道陣に公開され、国宝壁画の最新写真10枚も文化庁から提供された。新聞に掲載された写真をオレも早速見てみたが、1972年の発見当時に比べて「飛鳥美人」など壁画はいずれもカビで黒ずみ、描線が消えたり薄れたりしてさらに劣化が進んでいることがはっきりわかる。中でも白虎は、目や首などのごく一部を残してほぼ消失してしまっている。もしも発掘されてこの壁画が知られることがなかったとしたら、地中で永遠に美しさを保ったままだったかも知れない。そう考えると文化財の存在意義とはいったい何なのかと思ってしまうのである。1972年の発掘当時は壁画表面のしっくいは真っ白だったという。それが黄変し、さらにカビに覆われてひどいことになっている。なんでこんなひどいことになっちまったんだ。

 今回公開された写真は、東と西の壁にそれぞれ描かれた男子群像と女子群像、西壁の白虎、東壁の青竜、北壁の玄武、天井近くの日像や月像、天井の星宿図である。奈良文化財研究所が9月5日に石室内で撮影し、文化庁が9月14日に報道陣に提供したものである。石室内は南側にある盗掘穴からのぞく形で同日公開された。どうして発見されたときにもっと空調や壁画の保存方法について考えられなかったのか。こんな貴重なものを台無しにしたのはいったい誰の責任なのか。保守点検のはずの作業中に過失によって破壊された部分もあるという。かつて日本史を専攻した学生であっただけに、オレは今回の件で激しい怒りを覚えるのだ。文化財の保護ということはもっとも大切なことではないのか。

 今回の件に関して百橋(どのはし)明穂・神戸大教授(美術史)は「白虎は輪郭がほとんど消え、青竜も上下が分からないほどになった」と話し、発見当時を知る猪熊兼勝・京都橘大教授(考古学)は「壁画は全体的に見るも無残という印象。極彩色壁画としての状況を保っているものは一つもない。劣化はこの数年の方が速い」とそれぞれの見解を述べておられる。ところが肝心の文化庁は「絵が薄くなった原因は経年劣化とカビの影響が考えられるが、はっきり分からない」とふざけたことを語っているだけだ。確かなことは2001年に石室上部が壊れた際、その修復工事がずさんな方法で行われたために大量のカビの胞子が外部から持ち込まれ、携わった作業員も文化財に対する意識がかなり低かったということである。

 どうすれば壁画を発見当時のままにずっと保存できるのか。そのことにはもっとゼニを掛けて研究させるべきだったのだ。まさに「国宝」であるこうした貴重な壁画を守るためにはろくにゼニを使わず、その一方で明日香村の丘陵地を切り開いて建てた
「万葉文化館」などという子供だましのハリボテを並べたハコモノには惜しげもなく何百億もゼニを使う。そんな情けない文化財行政の犠牲になったのが高松塚なのである。

 明日香村には大勢の観光客が訪れる。その観光客が本当にそこで見たいものは、飛鳥時代を紹介するアニメでも、当時の人々の生活を知るハリボテの模型でもない。万葉の時代と同じ景色を眺めることであり、かつてその地に生きた多くの歴史上の人物の痕跡に触れることなのだ。極端なことを言えば「ここが明日香村なんだ」と思って歩く、それだけでもいいのである。ところが竹やぶは手入れされないままに雑草が伸び、変な土産物屋が出現し、ことごとく観光客の期待を裏切っているのである。観光客は亀石や石舞台という単なる「石」を眺めに来るのじゃないんだ。明日香村という一つの空間を楽しみにやってくるのだ。そんなことがちっともわかっていない馬鹿しかいないから「万葉文化館」という馬鹿施設を作るのである。オレが明日香村の村長ならこんな下らないものは断固として作らせなかっただろう。どうせウラでゼニでも動いてるんだろうとオレはゲスの勘ぐりをしてしまうぜ。その予定地の山林を売ってぼろ儲けしたヤツもいるんだろう。イナカモンドリームもここに極まれりというところだろうか。

 高松塚に行っても実際の壁画は見られない。しかし、そこに石室があり、壁画があるのを想像することで人々は歴史のロマンに触れることができたのである。その石室も壁画も来年春には失われる。高松塚は解体され、修復できるのかどうかはわからないがカビだらけの国宝は本格的な治療を受けて復活の日を待つことになる。

 天智天皇の第七皇子であった志貴皇子は飛鳥宮から藤原宮に都が移された時の気持ちをこのような歌に詠んだ。

采女(うねめ)の袖ふきかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
(采女の袖を吹き返す明日香風よ、都が遠いので今はむなしく吹くばかり。)

 采女というのは諸国から献上されて天皇に近侍した女性のことである。かつての都であった飛鳥で、その采女たちの美しい袖が風で翻った光景を回想しているのだ。その同じ風に吹かれることで、明日香村を訪れる人は長い歴史を思い、かつてその地に生きた人々のことを考えるのである。雷丘から眺める風景はすっかり変わってしまっていても、そこに吹く風だけは変わりない。人類がこの地に登場するはるか昔からずっと変わらず吹いていた明日香風である。


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