| 2025年12月14日(日) |
富裕層・中間層・貧困層 |
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国民を富裕層と貧困層の二つに分けるのなら、金融資産が1億を超えているオレは富裕層に分類されるのだと思うが、オレは中間層だと思っている。ゼニがあってもオレの生活はこれまでと変わらない。昼食は500円〜1000円の中に収まるようにしているし、時計はコーナンで買った1800円の電波時計だ。クルマは家族分も含めて何台も持ってるけどすべて国産車だし、スマホもアクオスだから普通である。友人たちというのも庶民ばかりで、ただ高学歴者がちょっと多いかなという程度である。突き抜けた金持ちの友人というのは残念ながらいない。それはオレが貧困層の出身だからである。
別に家を豪華な大邸宅に建て直したいとも思わない。親が友人の大工さんに建ててもらった注文建築の築50年くらいの古い日本家屋に住んでいて確かに暖房はあまり効かないけど、そこは灯油をガンガン燃やせばなんとかなる。ゼニで解決できる問題だし灯油代なんて月2万もあれば十分だ。北海道みたいに掛かるわけでもない。足ることを知る自分にとって、今持ってるゼニは息子が家を建てたいと言えば惜しげもなく使えるゼニである。使わないのでこれからさらに資産は増えていくだろうが、世界標準から見ればオレなんかは貧困層なんだなと思う。
服はユニクロやGUで買うし、旅行しても星野リゾートみたいな高級ホテルではなく東横インに泊まるわけで、本当につつましい。ランチで一人あたり5000円を超えるような金額になると「これは豪華すぎる!」と思ってしまうのである。オレの感覚ではいつまでたってもオレは「中間層」のつもりなのである。お金のことで困らないということは、「貧困ではない」という意味でしかない。TVにしても家電にしても「高くても別に買えないことはない」だし、本を買うときも「ゼニを払うのは著者に対する礼儀」だと思って買う。欲しい本はどんどん買って読むし、観たい映画は観る。考えたらオレは持ち家だから家賃を払わなくていいし、住宅ローン返済の負担もないし、高額の税金くらいしか負担させられているものがないからである。維新議員と違って税金や社会保険料はたっぷり払うが、それは社会の互助精神を理解しているからである。健康でゼニを稼げる自分がたくさん負担することは社会に対して大切な責務を果たしているわけだ。
今の日本はオレのような「中間層」が激減してしまった社会だと思っている。非正規雇用でいる限り貧困層から抜け出せないし家も買えない。結婚もできないし子どもも作れないのである。少なくとも中間層を増やさないとどうにもならないのである。
幸い日本には大量の空き家がある。もはや家は「タダでもらえる資産」となりつつあるのだ。その事実を隠して必死でタワマン価格をつり上げ、東京の家賃を上げている連中がいるが、いずれバブルははじける、高値づかみした人たちがパニック売りし出したとき、不動産神話は崩壊する。それがチャンスである。家がタダになった時、年収200万であっても豊かな生活ができる社会が到来するとオレは思っている。残念ながらそれはもはや先進国ではない。政府が政策を誤った国の末路して、世界の国々が「こんな馬鹿な政治をしてはいけない」と反面教師にすべき国家となるだろう。
国は早急に空き家に関する法律を改正し、国有化した後に貧しい人たちにその家を払い下げる仕組みを作るべきだ。無理に新築を選ばなくても無料住宅、超低額住宅があるという状況になれば、多くの貧困層が中間層へステップアップするためのきっかけを掴めるだろう。今の家賃も住宅価格もまだまだ高すぎるのである。大阪ではURのかなり古い物件にリフォーム自由のものが登場したりしているが、住民の高齢化のためにゴーストタウン化している新興住宅地に手を入れて、そこに若者が回帰するように仕向けるべきである。
ただ、オレのような高齢者がじゃんじゃんゼニを使わないと、世の中の景気はよくならないんかなという気もするのである。それではどういう使い方が社会にとって役立つとのだろうか。自問自答の日々である。
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