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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年12月02日(火)
ハッピとメガフォンでどこまで行ける?


 甲子園球場で、はりきってユニフォームやハッピを身にまとい、メガフォンを叩いている人たちも、球場をあとにすると、自転車で行ける距離である地元の人以外は、どこかでそれをしまうことになる。球場を出てすぐしまうのは味気ない。かといって家までそのまま帰るのは恥ずかしい。一体、どこまでそのままの姿でいれるのだろうと考えることがある。

 私はそれを“応援デッドライン”と名付けた。これは、“全体ライン”と“個人ライン”に分けられる。全体ラインが甲子園から遠ければ遠いほど、阪神が強いという目安になる。星野阪神になってからは、京都の地下鉄で電車を待つメガフォンを手にした学生やユニフォーム姿のカップルが大阪のホテル街に入っていくのを見かけたことがある。9/15に一緒に観戦していた人が、ユニフォームにヘルメット、ハッピ姿で、「今日はこのまま家(京都市内)まで帰るわぁ」と言ってたときは、阪神もついにここまできたかという感慨がわき起こった。90年代後半、万年最下位の頃は、甲子園駅前ですら黄色を見つけだすことは難しかったのだ。

 個人ラインが自宅に寄れば寄るほど、その人の愛すべきアホぶりが伺え、それは目指すべき一種のかっこ良さでもある。しかもその時期がチームが低迷しているときであればあるほど、だ。私個人のデッドラインは阪神梅田駅。がんばってた頃でもJR京都駅まで。観戦する際は、かさばるメガフォンの収納にいつも頭を悩ませている。

 でも、やっぱりにいるんだ。どこまでも行ける人は。
 私の最寄り駅はJR京都駅から一つ東の駅だ。もう甲子園の気配なんぞかけらもない場所。そんな場所で、数年前、甲子園帰りの少年が改札から出てくるのを見かけた。蛍光の黄色の長ハッピに、阪神のロゴの入ったかばん。はちまきもしていた。すっげー、この兄ちゃん。しげしげ眺めていると、ハッピの隅に誰かの直筆サインが書かれていうのに気づいた。サインには無頓着な私だが、横に書き添えてあった数字で誰かわかった。橋本大祐という選手で、確かピッチャーだったはず。当時は入団して間なしで、まだファームのいたはずだ。この兄ちゃん、やっぱすげえ。改めてそう思った。

 橋本選手は今はもういない。あの兄ちゃんは、今誰を応援しているのだろう。9月15日は何をしてたのだろう。地元にいるのに未だに会えないまま、いたずらに月日ばかりが過ぎていく。