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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年09月01日(月)
旅  〜第三日目・青森〜 (更新完了)


 午前中は五能線を堪能。秋田駅から出発。今回の旅で泣く泣くあきらめた金足農業の部員と席が隣になった。神のご加護やと思った。電車で金足農業のグランドらしきフェンスだけを見ることができた。いつか絶対ここに来る。次は一定の場所に長くとどまる旅にしてやる。そう決意した。

 電車は、能代から(ああ、能代高校も行きたかった〜)海沿いを走り、青森に入る。元々この五能線に乗りたくて、この旅を企画した。車内に乗り込むおじいちゃんやおばあちゃんは本家本元の“ズーズー弁”。初めて“言葉が聞き取れない”と思った。青森に入ると、車窓からリンゴ園が目立つようになった。JRの駅の表札の下にもリンゴのマークが。思えば遠くに来たもんだ。

 青森駅につくと、昼ご飯を食べ、青森山田高校へ向かった。バスの本数が少ない上、バス停からも遠かった。今日はこれまでと違い暑かったし、エラかった。学校は住宅街の中に静かにたたずむように建っていた。正門がわからなかったので、裏口のような場所の低い塀をまたいで入った(あかん、不法侵入者やん)。いろんな設備が迷路の壁のように建っていて、グランドを見つけたときは、“ゴールや”とすら思った。でも、そこで足がすくんでしまった。練習はこれから始まるようだ、部員はウォーミングアップをしていた。動物的勘で、「これは事務所を通した方がいい」。そう思い、校舎へ向かった。

 事務所では、愛想のいいおばさんが応対してくれた。でも、平日の昼間とあって“ただの野球ファンの練習見学”はあまりに異様に思われたようだ。電話で連絡を取り、案内役の部員まだ呼んで、「彼が案内するので、ついて行ってください」と言われた。私の読みでは、「野球部に練習見たいのですが」「どうぞ、あっちがグランドなので」となるはずだったのだが。なんか大変なことになってしまった…。

 野球部員なのになぜかジャージ姿の彼は、眉毛の形を整えた昭和系の顔つきをしていた。私は彼から少し距離を置き、淡々とついて行った。施設の迷路に再び入った。そこにはさっきは気づかなかった「野球研修センター」があった。出迎えの部員を待っている間、事務所のおばさんが「立派なのが出来たんですよ」と話してくれていた。

 すると、ジャージの彼がポツリと言った。
 「部長先生、知ってますか?」

 …し、知ってる。雑誌とか本で、よぉ〜く。ここに来た動機の55パーセントやもん。でも、彼の“知ってる”と私の“知ってる”は果たしてイコールで結ばれるのか?返事に困っていると。「挨拶しておいた方がいいですよ」

 この瞬間、彼は出迎えの部員から私の先輩になった。私は新人アルバイト、彼は中堅アルバイト、部長先生はベテランのパートのおばちゃん。配役はそんな感じ。私は「はあ」とだけ言った。でも、心の中はこの大変な事態に大パニックだった。知り合いでもないのに挨拶しても、ねえ…。

 グランドに着いたら、彼はまず監督のいるネット裏へ。監督は後ろに隠れていた私を見つけてしまった。こわいよ〜、こわいよ〜。それでも、今更引き返すわけにはいかず。私は、“カールのおじさん、カールのおじさん”とおまじないとかけ緊張をほぐしながら、練習を見に来た旨を伝えた。監督は“?”が消えないような顔をしてはいたが、一応了解してくれたようだ。そして、ジャージの先輩に従って一礼して、次なる場所へ向かった。

部長先生はグランドのダグアウトの中にいるらしく、ジャージの先輩はアスファルトとグランドの境目で一礼して、中へ入っていった。私は、「うそん」と思いながらも彼にならってグランドの土を踏みしめてしまった!部長先生はダグアウトの片隅に座っていた。雑誌や本でよく出てきている方だが、実際顔を見るのは初めて。イメージを180%裏切る色白で、めがねをかけていた。不二家のペコちゃん男性バージョンって感じで、小学校のクラスメートだった“まーちん”と呼ばれていた男の子に似ていた。私は、“まーちん、まーちん”と心の中で呪文を唱えながら(“カールのおじさん”とか“まーちん”とか、まったくもって失礼なヤツである)、さっきのコピーのような挨拶をした。練習見学の了承と取ったので、グランドを後にしようとすると、「あなた、名刺持ってないんですか?」と聞かれた。

 はて?名刺。ビジネスカード。
 「持ってません」と答えると、いぶかしげな顔をしながら、「じゃ、いいです」と言われ、それで話は終わった。一体何だったんだろう。グランドに行くのに名刺を持っていくのは常識なんだろうか?ま、確かに突然来て、身元も明らかにしないというのは、よくないといえばよくないのかもしれないなあ。高校野球も今や情報合戦だっていうし、私が他校のスパイではないという証拠もないわけだから。昔の私なら、「これも縁や。何か(仕事とか)につながるかも」と喜びいさんで、10枚500円で作った名刺を渡してたんだろうけど、もうそんな若さないし。ま、身分証明という意味でなら、保険証のコピーがあったんだけど、そんなボケが通じるような雰囲気ではなかったしなあ。

 それから、ジャージの先輩は私をネット裏の「本部室」と呼ばれる場所に連れて、丁寧にお茶まで持ってきてくれた。とても見やすい場所だったけど、ガラス越しで(グランド撮影に大苦戦)、なんか「ここから動くなよ」と言われているような雰囲気だった(そんなことはないのだろうけど、全体に緊張感というかそういうものが張りつめていたので)。「帰りも部長先生に挨拶したほうがいいんですかねえ」。私は不安になってジャージの先輩に聞いた。すると、先輩はややあってから、「そうですね」と答えてくれた。

 グランドではウォームアップが終わり、キャッチホールが始まった。部員たちは、専用の野球場の端から端に散らばっていた。ダグアウトにいる部長から指示が出ると、それをダグアウトに近い部員から、遠い部員に向かって伝言ゲームのように伝えられていく。キャッチボール中に指導が入る練習風景を初めてみた。つきなみながら、やっぱり基本は大事なんだな。

 順応性というもはこわいもので、30分ほど経つと、となりのトラックで別メニューをこなす部員やブルペンにも足を運んでみた。トラックには他クラブの部員もいて、ひときわ目立つ黒人の選手がポツポツと走っていた。

 盛岡で待ち合わせがあるので、限界は1時間。部長先生が見あたらなかったので、近くにいた選手の声をかけおいとました。普段なら練習中の選手には声をかけない。でも、ここは挨拶を大事にしているのがよくわかったので、誰かしらに声をかけておきべきだと判断した。もし黙って帰ったとなると、部長先生への印象が悪くなる。おそらくもう会うことはないだろうから、いいといえないいんだけど、なんかそういうことを許さない人っぽかったし。

 バスが遅れていたので、停留場にいた地元に人に相談して、タクシーを飛ばした。どうにか間に合って、18切符の旅にあるまじき特急電車と新幹線に乗った。急いでたわけはさっきも書いたが、人と待ち合わせをしていたから。盛岡にいる掲示板時代の常連さんである元球児さんと会うためだ。近くの飲み屋に連れて行ってもらい、閉店までしゃべっていた。そのときの話も機会があったら、書いてみたい。