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| 2003年05月12日(月) ■ |
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| フェンスのこちら側 |
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今の結論。 結局、私はフェンスのこちら側の人間でいたいんだと思う。向こう側に行きたい。そんな思いが全くないといわば嘘になる。でも、やっぱり一歩を踏み出すことができない。
選手に話しかけたら、その場の空気が変わってしまうと思う。自分が入ることによって汚れてしまうんじゃないかって。私、別に不潔にしているわけじゃないよ。そういうことじゃなくて。ま、原因の大体のところは、自分ではわかっているんだけど。
第三者によって、選手が自分の知らない自分に気づくということはあると思うし、真実により近いものを書くとなれば、本人が書くだけでは足りないと思う。第三者、今の場合はスポーツライターという存在は必要ではある。
それを放棄するとなれば、私は真実に近づけないと思うし、何かを変えることも出来ないだろう。
無駄なこと、無意味なことが好き。私にはそういう傾向があるようだ。今やっていることだって、仕事の合間の息抜きや趣味、娯楽的にやっているのであれば納得がいくけど、どちらかといえば、生活の中心だし、かといって、それで生計をたてているわけではない。こんな生活をして、微妙に親不孝。これが、“スポーツを書くことを仕事にする”という選択肢をずっと消せずにいる原因だろう。でも、仕事にするということは、無駄なことでも、意味のないことでもなくなるわけで。そこんとこが難しい。いや、難しかった。フェンスのこちら側で居続けることは、大好きな無駄と無意味を堪能することでもある。
無駄なこと、無意味なことは、時として虚しいことに似ている。私は虚しいことが嫌いだ。そこら辺がしんどかったりするんだけど。生きている限り自分とはつきあっていかなきゃいけないから、しゃあないか。明日出来ることは明日にしか出来ない。だから、もう寝よう。
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