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| 2003年04月24日(木) ■ |
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| 女一人、山梨グランド巡りの旅 |
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☆日本航空高校☆
甲府から長野方面に向かって2つ目の「塩崎」駅が最寄り駅。駅付近の《野鳥がさえずる緑とふれあいの双葉町》と書いてあったが、まさにその通りで、鳥の鳴き声がしっくり町にとけ込んでいた。
駅からは15分ほど歩くと、日本航空学園の構内に着く。敷地はとにかく広い。でもって、まだ構内を広げるようで周辺をダンプカーが往来していた。生徒が住んでいるであろうベランダの手すりが緑色のマンションみたな寮や、滑走路、消防車…普通の学校ではまず見かけないものがいたるところにあった。訪問当時はまだ授業中で、作業着みたいな青いつなぎの服を着た生徒をちらほら見た。構内はすごく静かだった。
グランドは構内の端にあり、全体から占める割合からすれば、決して広いとは言えなかった。ネットで区切られてはいるが、他の部活動と共用。(でも、野球部が占める割合は圧倒的に大きいんだけど)
グランドのすぐ横には川が流れている。洲が出来ている程の広い川で、ゴォーという激しい音をたてて流れていて、ちょっと怖かった。一三塁にはベンチがあった。緑色で木製も、ほんまに“ベンチ”。多くの学校にあるのは、ブルーのプラスティック製(?)のものなんだけど。一塁ダグアウトの横には、学校の教室にあった後の黒板のようなスコアボードと、観客用と思われるベンチがあった。
階段を下りるとグランドに入りことが出来る。三塁側には大きな室内練習場らしきものがあって、その前には《航空球児栄光の歴史(軌跡だったかな?)》と題されたモニュメントがあった。お偉方の言葉を彫り込んだプレートや歴代甲子園出場チームのメンバーの名前が刻まれたプレートがデカデカと掲げられていた。
ゴォーという川の音は、グランド前に降りたってみると、不思議と耳に入らなかった。
☆市川高校☆
市川大門町と言えば、『花火に、和紙に、なんと言っても樋渡!』(友人メールより)。というわけで、今日のメイン、市川高校グランドへ。 甲府から身延線で約30分、「市川本町」で降りる。周辺は、高い建物がほとんどない穏やかな町(当日は選挙のマイクがうるさかったけど)。野球部が甲子園に出ると、ここに応援バスが100台集結するというのだが、さぞ壮絶な光景だろうなと思う。
市川高校は、駅から徒歩10分強、町役場に隣接した形である。訪問したときは、ちょうど授業が終わったばかりだったようで、放課後にある委員会の招集の放送が聞こえてきた。
グランドは学校内にある。他のクラブと共用。ちょっと変形だったが、野球部はその中でも一番いいところを一番広く使っていた。照明灯があり、黒土が敷き詰められていた、ネット裏には木が数本植えてあった、ちょっと日よけにもならないんだけど。グランドのすぐ側にはプレハブで出来た部室らしき場所に、遠くから見てもわかる程デカデカと、「第○○回選手権大会出場」とか「第××回選抜大会出場」と書かれた看板が立て替えられていた。めっちゃ目立ってた。
グランドの周りを囲むように小さな路地があった。車がすれ違えないほど狭いけれど、フェンス前にへばりつけば、車を気にすることなく、心おきなく練習を見ることが出来る。当日は私の他にも地元の方が何人かふらりとやってきて、練習を見ていた。
放課後、まだ誰もいないグランドに一番最初に来たのは、真っ白い練習ユニフォームを着た野球部員。グランドに入る一歩手前で、立ち止まり、「ちわっす!」と言って深く一礼。静かなグランドに彼の声だけが響き渡った。ああ、練習はここから始まるんだ。まもなく、部員が次々集まってきて、皆一様にグランドに挨拶して、入っていく。
道具の準備や軽いウォームアップをしていると、甲子園でもよく見た真っ白いグランドコートを着た監督さんが入ってきた。監督は、一塁側ダグアウト側に置いてあった椅子に腰掛けた。すると、部員はそれまでの作業を中断して、すばやく監督の側にかけより、「ちわっす」とか「おねがいしまっす」と言って一礼する。まるで順番が決まっているかのようなタイミングで1人ずつ挨拶する。グランドに礼をしたときの心地いい緊張感とはまた違うものを感じた。
練習が始まると、隣にいた車いすのおじいさんとお話をさせてもらった。私が樋渡投手と同世代だと言うと、「なんだ、そんな年なのか。」と独り言のように何度もつぶやいてた。おじいさんは、私に一体何の期待をしてたのだろう?
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