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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年04月15日(火)
アルプスの少女


 中学3年のとき、すごくくだらないことで志望校を変更した。その日まで、私の志望校は、疑う余地もなく京都西(現京都外大西)だった。そこで英語を勉強して、京都外大に行くのが自分の道だと思っていた(ばかだねえ〜)。

 ところが、願書を出す直前に体育館で志望校別での集まりがあった。同じ高校を受験する人を集めて、いろんな説明をするという今考えればくだらん企画だ。ま、それはそれでいいのだが、聞くところによると、西高の女子の受験生はすごく少ないらしく、もしかしたらいないかもしれないというのだ。女の中に男が一人。恐ろしい事態だ。今でこそ、女だらけの中にいる方が恐ろしいのだが、当時は大の男嫌いで、それは一種の恐怖症でもあった。そんな私が集まりに顔を出せるはずもなく、そこへ行くことをすっぽかしたことで、「やっぱり女子校にしよう」と思い、担任先生の勧めてもらった学校(今は母校)を受験することにしたのだ。

 もし、あの日あのとき、集会がなければ、女子の受験生がいないかもしれないというガセかもしれないネタを耳にしていなければ、まず間違いなく西高に行っていただろう。その後、野球部は2年連続夏の甲子園に出場。イコール2年連続アルプスの少女だったわけだ。一高校野球ファンとしてはかけがえのない経験ができたわけで。

 でも、一般生徒やと、名簿順か背の順かわからんけど、そんなんで並んで見なければいけないはずで。この性格から当然クラスの人とはうち解けられていないはずだし、好きでもない人と並んで野球を見る。応援とかしなあかん。拷問や。ま、もしかしたら、独特のアルプステンションでそのときだけは一致団結という寒々しい体験が出来たかもしれないんだけど。そして、TVに映ったりとしたかもしれん。あ、でも、カメラマンは可愛い子、絵になる子を狙って撮っているらしいから、それはないわな。

 結局、地元の女子校に進んだ私はともきちと再会し、東山を応援するようになった。夏は2年連続西高に阻まれた。3年の夏負けたときは、帰りのバスを途中で降りて、未練たらしくふる雨の中、「西高のアホ〜」(ごめんなさい…)などと叫ぶ敵対関係を形成してしまった。夏の甲子園、開幕戦を佐野日大のアルプスから見ていた。向かいは西高アルプス。そのときふと、向こう側にいたのかもしれない自分を思った。どっちが正解だったのだろうなどと考えた。十年たった今なら、「歩いてきた道が正解なんやで」と言えるのだけど。