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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年01月10日(金)
遅ればせながら、山さん、おつかれさまでした


 すでに日記で触れましたが、東山高校の監督はすでに代わっています。あまりに突然のことで何がなんだかわからないまま、秋を終えたのですが、ようやく落ち着いてきました。

 前監督・山崎智史監督に関しては、『熱闘甲子園』で特集されていました。選手も、“山さん”と呼んでいるようでしたが、実際私の周りでもほとんどの人がそう呼んでいました。ただ、私個人は一度も口にしたことはありません。でも、もう時効ということで、お許し願います。

 東山のOBに山さんのことを聞くと、“良く言えば熱血漢、悪く言えば暑苦しい人”という答えが返ってきましたが、その表情で悪く思っていなことがはっきりわかりました。監督から退部勧告された選手を集めて励ましたり、阪神大震災の際は“いてもたってもいられへんのや”と選手を引き連れて現地に食料を調達しに行ったこともあるとのこと。

 選手の父兄さんより若い山さん、就任当初は結果が出ずにしんどそうでした。年齢に似合わない貫禄のある体格が、日に日に風船に空気が抜けるように縮まっていくのが、端から見てもわかりました。

 1年、2年、山さん采配を見せてもらって“??”と思うことも正直ありました。でも、段々、山さんがどういう野球をしたいのか、選手とどうかかわって行きたいのかがわかってきた気がします。

 2000年の練習試合では、バントバントの攻撃で7点差をひっくり返した大逆転ゲームがありました。あのとき、一人、「これぞ、山崎野球の真骨頂や」と震えていました。

 そして、今年の夏。京都大会の準々決勝、準決勝の采配には泣きそうになりましたよ。3年前の準優勝の経験をきちんと活かしておられるなあとしみじみしました。今年のチーム、山さんだから、いや、山さんでなければ甲子園にも導けなかったでしょう。

 OBから聞いていた“熱い性格”、まさか21世紀の高校生に通じるとは思いませんでした。気付いたら、応援生活の中で、一番長く見せてもらったのが山崎采配でした。自分で考え、自分たちでやる野球。ベンチ入りメンバーをフルに使う野球。私は好きでした。ミラクル、綱渡り、おもちゃ箱。そんなスリリングでファンタスチックな試合はもう見れないかもしれませんね。
 
 でも、今の監督さんが繰り広げようとする野球も好きです。今は新たな気持ちで応援をしています。山さんも新しい舞台でがんばってください。ご健闘をお祈りします。


追伸:今夏、舞鶴球場に試合を見に行ったのですが、入り口付近ですれ違ったときに、声をかけてくださったのにはびっくりしました。まさか顔を覚えてくださっているとは思っていなかったので。