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| 2002年07月03日(水) ■ |
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| 男女共学 |
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女子校に通っている(あるいは通ってた)人全てに言えることではないが、私が高校野球における応援校の基準の一つは、そこが男子校あるいは工業高校であることだった。それも私立だったらなお良し。
男女共学、それも公立校には入り込む余地がないと感じ取ったからだ。私の個人的事情で公立高校とか男女共学とかいう学校にはすごくコンプレックスがあったのだ。
甲子園の応援風景で、チアガールの女の子が映ると「勘弁してくれよ」と思ったし、試合終盤に涙流してるような女は大嫌いだった。「お前が何したっちゅーねん」と毒気つきたくなった。あと、手を合わせて祈っている女を見て、「都合のいいときだけ、神様に祈るなよ〜」とケタケタ声をあげて笑い、後々まで話のネタにさせてもらった。そうそう、チューリップハットは絶対ダサいで。
だから、男子校が甲子園に出たからと言って、周辺の女子校や男女共学校に応援を頼むのも私的には不愉快だった。その点、昔の横浜は自校の生徒の声だけでがんばっていたので、好感が持てた。ただし、今はどうか知らない。
最近、新聞に平安高校の広告が載る。“お父さんの母校が、私の母校になる”なんて、ウンと皮肉を込めて“ま、素敵ね”と言いたくなるようなキャッチフレーズだ。
そう、同校は来春から一部のコースだけだが、男女共学になる。ああ、平安よ、お前もか…。いつもケンカしていたクラスメートが突然転校してしまうような一抹の寂しさを覚える。
少子化時代だから仕方ない。社会には男と女がいる以上、男子校・女子校という形態の方がむしろ不自然だ。理屈ではわかっているがなんだかなあ。
ちなみに私の応援する学校は、男子校だ。まだチームが強かったころ、前の試合の応援のためスタンドに残っていた制服を着た他校の女が、「ガシ高(応援校の通称?)、ファイト〜♪」という黄色い声を張り上げていた。
ああ、アイツらに強力インク消しをぶっかけて私の視界から消し去りたいと思った。自分の学校だけ応援しとけよとやっかんだ。このとき、私は一生涯、応援校を“ガシ高”などと呼ばないことを心に決めた。
月日が流れ、私も年齢を重ねた。今では、他校の生徒や共学校、公立校にそんな嫌悪感を抱かずに、ほぼ100%平等な目で見れるようになったと思う。
でも、ひとつ決めているのは、“応援校が男女共学になったら、潔く追っかけ生活を引退する”ということだ。
“男女共学くらいで、中身は変わらないのに何を言う”と思われるかもしれない。“結局あんたは応援校ではなく、男子高校生を追っかけてただけなんじゃないか”とか、“それでは真のファン(面白い言葉ですね、これ)とは言えない”と思われるかもしれない。
でも、私にとっては大きなこと。練習試合で制服を着た女子高生の若々しい肌や素足と並ぶ自信はないし、選手の側でこまめに動く女子マネジャーの存在にはただひれ伏せるしかないのだ。彼女らがいるからいいやん、と大人げないことを思ってしまう自分が目に見えている。
追伸
余談だが、私の母校は幼稚園から短大まである私立校で、中学から女子校だ。昔勤めていたバイト先に偶然出身校が一緒の人がいた。
彼女は、幼稚園から短大まで14年間をそこで過ごした。いかにもお嬢さんという感じで、居酒屋向きではなかったのか、ヌシ的おばさんに目をつけられ、よく嫌味を言われていた。ある日、オバさんがこう言った。
「あ、○○さん、××(私の母校)出てるの?幼稚園からずっと女子校なんやろ(これは間違い)?性格偏るで」
女子校が偏った人間を作るやって? んな、アホな!
これには私も頭にきた。オバさんとは仲良かったが、それとこれとは別問題。彼女は、“偏ってる人間?上等やん。なにもかも平均点よりよほどマシや”などと思う私とは違って、黙ってうつむくだけだった。
「すみません、私も××出身なんですけどぉ。高校だけですが。性格偏ってますかね?」と訊いてみた。
今日の日記を書いていて、ふとそのときのことを思い出した。
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