2年ほど連絡を取れなかった後輩から、連絡がきた。
いつ連絡がしたくなっても連絡ができるように、 1ヶ月に一回は定期的に無駄なメールを送っていた。
その甲斐あってか、彼から突然のメールがきた。
謝罪と感謝と会いたいという気持ちがあった。
正直、とても嬉しかった。 だけど、その一方で2年間のブランクと、 理由のない気持ち悪さを感じていた。 気のせいだと思っていた。 だけど、それは少し違っていたかもしれない。
僕は宗教というものに対して、 それほど関心がない。 いやあるのだが、どれか、特定の宗教を選びたいという感覚も、 特に生まれたことがない。
それは、そういう家庭で育ったということだろう。 それ以外にない。
例え隣人が、キリスト教徒です。イスラム教徒ですといわれようとも、 僕は特に何も感じず、おはようと挨拶を交わす。
彼はある宗教に入っていた。
僕は、初めてそういう人に会った。 気持ち悪さを素直に感じ、 「俺はいつ誘われてしまうんだろう」という漠然的な不安と、 宗教感に染められた彼の感覚は理解しがたい部分があった。
彼のしっかりとした生きる道には、尊敬すべき点がいくつもあった。 だけど、その「真っ直ぐ」な道のりがとても怖くて、 何かよくわからないけど、そう思った。
そして、俺の倫理観よりも優れているものがあるなぁと、 そして、それに行動が伴っているなぁと。
話込んでいくうちに魅力的にも感じた。 入ろうとは思わないけれど、学ぶべき点があると思った。
やせ細っていた。 宗教に関して話すと声が震えていた。
それだけで僕は気持ち悪さを感じた。
しかし、それは差別だと思った。
自分のある限りの価値観を話し、 気持ち悪さも伝えた。
彼は聞ききることができていたが、 認めはしなかった。
しかし、それでいい。 まだ理解できないけれど、 自分で選んだ道だろうし。
他人行儀的に考えているのではない。
「何故辞めなければならないのですか?」
という彼の問いに、先入観でしか考えられていない僕が ただ、情けなかったのだ。それはつまらんと。
彼とはこれからどんな距離となるのか分からない。 彼と一緒に活動をすることで、 どんなメリットが生まれるのか、 そして、どんなデメリットがあるのか。
人間関係に宗教を持ち込むということを彼は選択を避けつつ、 選択したい気持ちがあった。
まるで、 「すごく良いCDを見つけたから聞いてみない?」 くらい軽く・・・。
先入観は人生をつまらなくする。
だけど、この本能的な恐怖も信頼できる気がする。
これからどうするか。 悩む。
そして、俺自身学ばなければならない。 彼から。
正直怖いけど、 おもしろい・・・と思っている。
職業病だろうか?
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