2007年02月05日(月) あしたのもと。

仕事で「ある集まり」を取材した。

市議会議員が一般市民に
これからのまちづくりについて意見がほしいというものだった。

およそ100人の出席。

僕は他の新聞社や行政関係者と並び、
どんな話になるのか、少し緊張していた。

そう、どこか、何か緊張したのだ。

「意見がほしい。
 提案のある方いませんか」

そう、言った瞬間、

「この集まりの意義を述べてほしい」

と、意見に意見が帰ってきた。

その後は、ブーイングの嵐。

・代理民主制の意味がない。
・やる気あるのか
・今の○○は狂っとる。
・すぐやめろ。

「私たちはパッシングをされるために、
 ここに集まったのではない」

「我々もパッシングをするために集まったのではない。」

そんな言葉の応酬。
記者もポカーンとしてた。

集まり名とは全く違う結果になった集まり。
これは書く者としては難儀なものだ。
しかも、『実がない』

まちのことを考えてものを発言する人がたくさんいる。
僕も
「おお・・・こんなにもたくさんおったんか」
と、正直感嘆する。

しかし、多くの意見は、実のない「文句」で、
「夢のある」だとか「活気のある」だとか
「生き生きとした」だとか「楽しい」だとか
「歴史文化の風を感じる」だとか「安心・安全」だとか、

文化祭のスローガンを考えてんじゃねぇんだぞと。
言うだけ言うたら人の意見も聞かずに帰ってったり、
寝てる人もいる。

はなから意見聴く気もなくて、
メモを取り出し、自分の意見を書いてソレを読み上げて
発表するだけの人もいる。

「想い方」が間違っている。


明日の郷土のために、今何ができるのか。

毎日考えている。

どうしたら、俺は誰かの心に届く映像が作れるのか。
コツや近道なんてのはやっぱりあるんだろうかとか。

情けないことに、くだらないことも考える。


すげぇなぁ、俺にはできねぇなぁと思うことをしている
人々がたくさんいて、

その人達が日に当たることで少しでも僕がいる意味があるのなら、
俺は何がなんでもがんばろうとそう思っている。

俺自身もそうだ。
もう、スローガンではダメな時期。
夢を形にしなきゃいけない時期なんだ。

毎日夢を叶えていかなくてはならないのが、
大人のつらいところで、カッコいいところだろ。

スローガンはもうたくさん立った。
あとは、俺自身ががんばるだけだ。

俺も毎日倒れそうになるけれど、
精一杯がんばって、
日本の為にがんばろう。


 past    will


sk6 [手紙] [Ai to U]

My追加