2007年01月24日(水) 煙の中で思うこと


僕の住んでいる地域にあるお寺のお祭りの取材に行く。

寺周辺に住む、檀家(一定の寺に属し、寺に金品を寄進している家)
などが参加し、大勢の人で賑わっていた。

宗教色があまり感じられない毎日だけれど、
こういった行事に行き、その数を見ていると、
中年層でまだまだ社寺を信仰している人は多くいる。

僕はというと、自分の属している宗教についてあまり知らない。
そういうものなのかもしれないが、少し恥ずかしいとも思う。

彼女の家に招いてもらった時に、
「skさんはどこですか?」
と聞かれて即答できなかった。
後日、親に聞いて改めて伝えるほどに知らなかった。

例えば家紋なども僕はよく知らない。
どういう家系なのかも。

それって、この年にしては、少し恥ずかしいことなのかもしれない。
もうちょっと自分のことについて、常識について省みることが
必要だなと思う。

お賽銭を入れて、人々は線香を焚く。
その意味を全ての人が知っているかどうかは別として、
そこには特別な空気が流れている。

信仰とは、そんなものなのかもしれない。
自分の中に、「ありがたさ」を感じ、
己の精神をひっぱっていくものなのかもな。

僕にとっては見慣れた護摩焚き。
修験道が焚く煙に手を合わせている人々。

なぜか僕も手を合わせたくなる。
イカンイカン。取材中。

取材が早めに終わったので、
カメラを片付け、僕も線香に火をつけ、
頭を下げ、手を合わせてみる。

「今年一年幸せに・・・違う違う!
 去年一年はありがとうございました。
 今年もたくさん僕に試練をください。」

ああ・・・僕の精神なんてそんなものなのだなと
我ながら苦笑してしまう。

しかし、何か迷いごとがあると、
社寺に行きたくなる。

それは特別な空気があると知っているからだと思う。


何故かなんて理由はない。
ただ、そう思う。

僕は宗教について知らない。それは世間知らずだ。
だけど、その活用方法なら少し分かった気がする。その意義なら。


日々勉強だな、うん。
気高い人間になろう。

そう思う。


 past    will


sk6 [手紙] [Ai to U]

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