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| 2017年12月28日(木) ■ |
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| 「私」は本の友人、というあり方です |
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書籍「読書からはじまる」(長田弘著・NHK出版刊・201頁)から。 以前「友人としての本」という表現を紹介したら、 読者からの反応が大きかったので、懲りずに続けたい。 著者の視点は「私」が「本」を友人と定義するのではなく、 「本」が「私」を友人として加えてくれるか、にある気がした。 「正月がくるたび、ある本を読むと決める。 それだけでも、心の置きどころができるのが本です」 「読書というのは『私』を探している本に出会うという経験です。 どんなときも、わたしたちにとって、未知の親しい友人である本。 のぞむべきは、本は『私』の友人、というあり方でなく、 『私』は本の友人、というあり方です。」 そんなことどちらでもいいんじゃないの?と思うかもしれない。 いやいや、感覚の問題なのかもしれないが、 このニュアンスは、僅かながら違うと理解している。 私のボキャブラリーが少なく、うまく説明できないが、 相手から「友人」と認めてもらえる感覚は、 自分が「あいつは俺の友人」と決めるよりも嬉しいはず。 誰か、この感覚の違い、説明してくれないかなぁ。
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