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| 2017年12月19日(火) ■ |
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| 「気付いてから学ぶ」か「学んでから気付く」 |
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最近、考えていること。 「気付いてから学ぶ」か「学んでから気付く」。 どちらが正しいと言うことでもないし、禅問答みたいなもの。 人間の意識の中で、どちらの過程の方が記憶に残るのか、 そんなことをずっ考えている。 「あれ、どうして?」「なんだか変だなぁ」「これってなに?」 そんな好奇心や違和感を感じてから「学ぶ」という行為に入る。 最初は何も教えず、興味を持たせて、自分で発見する楽しみ、 これは何事にも変えがたい。 ただし、気付くことができないと、何も学べないのも事実。 それとは逆に「最初、知識として学んでから、好奇心を伸ばす」 そのうち「わかった」という気分になるが、実はわかっていない。 考えれば考えるほど、わからなくなり、真っ白になる。 その経験をしたあと「あっ、わかった」となる「気付き」、 これは、データとしての「知識」が、自分の「知恵」になる、 これまた、楽しい瞬間である。 「柿田川」についても、同じことを考えている。 「気付いてから学ぶ」か「学んでから気付く」か。 両方に共通しているのは「自ら発見する」ということかな。
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