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| 2017年10月19日(木) ■ |
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| 三成はかみそりであっても、鉈や斧ではないのだ |
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書籍「関ヶ原(中)」(司馬遼太郎著・新潮文庫刊・538頁)から。 「(大阪にいる東軍の大名たちの)人質をおさえるおさえぬかで、 この戦いの勝負が決まる」と、石田三成は考えた。 しかし、人質であった細川忠興の妻、細川ガラシャが自害した報を耳にして、 その作戦が「愚であることをみずからさとった」として、 「気がつけば、すぐ転換することだ」と、人質作戦を中止した。 その時の判断を、作者は表現している。(信長・秀吉なら) 「とった以上は、その間、細川夫人のような事態がぽつぽつしても、 おどろかなかったにちがいない。 無視し、黙殺し、あくまでもその政策を推しとおし、すくなくとも、 『驚いて中止する』というようなことはなかったであろう。 智謀は、あるいは治部少輔様のほうがすぐれているのかもしれないが、 そこがちがうのだ。やはり器量のちがい、というほかないかもしれない。 刃物でいえば、三成はかみそりであっても、鉈や斧ではないのだ。 鉈や斧ならば、巨木を伐り倒して、どのような大建築を作事することができるが、 かみそりはいくら切れても、所詮はひげをそるだけの用しかできない」 厳しい言い方だが、非常にわかりやすい。 大将には「泰然自若」としていて欲しいのは、いつの世も同じである。
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