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| 2017年07月31日(月) ■ |
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| 星が死に存在しなくなった後も、その姿を見続ける。 |
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映画「ある天文学者の恋文」(ジュゼッペ・トルナトーレ 監督)から。 どうしても、有名な天文学者とその教え子との恋愛に目がいってしまい、 不倫関係に嫌悪感を示す人も多いが、だからこそ、 この作品を通して、監督が伝えたかったことを探りたくなった。 ヒントは、主人公の彼女が書き上げた論文のタイトル。 「客星から超新星へ:死せる星との対話」 「客星」とは「常には見えず、彗星や新星など一時的に現れる星」 それは「星の不滅性」について触れている。 今現在、私たちが見上げている星の光も、 実はもう何年も、いや何億年前に死んでいる星の光かもしれない。 天文学者は、それヒントに、愛する彼女に対して 人間の世界でもどれくらい生きていると思わせることが出来るか、を 実行していたに違いない。 ちょっと長いが、彼女の論文の一部を何度も巻き戻しメモしたので、 書き記しておきたい。 「別の状況で間違いを恐れずに言うなら、天体物理学の歴史において、 宇宙に対する知識は「死ぬる星」の研究によって得られた。 星の最後に起きる大参事は、超新星爆発であれ、重力崩壊であれ、 極超新星であっても同様だが、それらによって理解できるのは、 星の不滅性というものは、想像を超えて遥かに不可解であるということだ。 数千億もの恒星の地球からの距離と、光の速度との関係によって、 星が死に存在しなくなった後も、その姿を見続ける。 それこそがまさに、星の悲惨な最後であると言える。 その姿が見えるのは、数世紀、数か月、または数秒間。 それは数十億年前に起きた、死の顕れ(あらわれ)なのである。 科学者の研究とは、もはや存在しないものとの対話である」 死んで、彼女の想い出に残るだけではなく、できることなら いつまでも一緒に時を過ごしたい、と願う気持ちが伝わってきた。 星好きの私にとっては、ちょっぴり切ない映画だったなぁ。
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