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| 2015年08月26日(水) ■ |
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| 自分の責任で話せるのってそれぐらいだろう |
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映画「リトル・フォレスト 夏・秋」(森淳一監督)から。 原作の漫画を知らなかったので「「リトル・フォレスト」が、 作品の舞台となっている、東北の山間の小さな村「小森」を 英語にしたタイトルとわかり、ちょっぴり苦笑いをした。 ただ、ストーリーも映像も、私好みであり、 大きな事件があるわけでもなく、大きな自然に抱かれて、 淡々と時が過ぎ、その生活の中で自分を発見していく。 気になる一言は「夏編」の「6th dish)」 主人公・いち子の後輩、都会に出て戻ってきた、ユウ太の台詞。 「自分自身の体でさ、実際にやったことと、その中で感じたこと、 考えたこと、自分の責任で話せるのってそれぐらいだろう。 そういうことをたくさん持ってる人を尊敬するし、信用もする。 何にもしたことないくせに、なんでも知ってるつもりで 他人が作ったものを右から左に移してるだけの奴ほど威張ってる。 薄っぺらな人間の空っぽな言葉を聞かされるのにうんざりした。 俺はさ、他人に殺させておいて、殺し方に文句をつけるような、 そんな人生は送りたくないなって思ったよ」 なかなか深い意味が隠されているなぁ、とメモをした。 私も元来「現場第一主義」だし、頭で覚えた「知識」より、 体で覚えた「知恵」を大切にしようと常に思っている。 だからこそ、この台詞が響いたが、ふと現実を振り返ると、 「世の中、そんな甘いもんじゃない」という台詞も理解できる。 う〜ん・・迷うところだけれど、気持ちだけは 「自分の責任で話せること」の範囲を意識しよう、そう感じた。 そう言えば、主人公の彼女も、こう呟くシーンがある。 「言葉はあてにならないけれど、私の体が感じたことなら信じられる」 結局は、そう言うことなんだよなぁ。
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