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| 2015年06月03日(水) ■ |
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| 「恩」は施したら忘れるもの |
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公私ともにお世話になっている方の母親が他界したとの報を受け、 予定していた「市民公開講座」をキャンセルして、お通夜に参列した。 菩提寺の住職(お上人)は、戒名に「恩」という文字を入れたので、 たぶん、故人はこんな女性でした・・と思い出しながら、 今晩は「恩」についての話を・・・と口を開いた。 細かい内容について、ここで「説法」みたいに説明するつもりはないが、 「恩」というものは、施すものであり、恩に報いてもらいたいとか 恩を感じて何かを期待するものではないだろうし、誰に対しても、 慈悲の心を施していくことの大切さを気付かせていただいた気がする。 「親切にしてあげたのに、助けてあげたのに・・」と考えるのは 相田みつをさんの名言(我が家では「日めくりカレンダー」) 「あんなにしてやったのに 『のに』がつくとぐちがでる。」と同様、 恩着せがましい部分がまとわりつく感じがしていたし、 「恩」に対して、何かを求めている感じがするから、 「恩」を与えた側の心構えとしては、ちょっと違う気がしていた。 そんな私の違和感を払拭するように、お上人は、呟くように 「『恩』は施したら忘れるもの」と、諭してくれた。 誰かに親切にしたことも、社会に対してボランティア活動したことも、 高齢者に席を譲ることも、落とし物を届けたことも、すべてその場で忘れる。 「与えた側・受けた側」などという上下関係を持たないためにも、 施す側が、その行為すらまったく忘れる。 それこそが「『恩』は施したら忘れるもの」の意味だと理解した。 今晩は「経済」ではなく「仏教」や「哲学」を学んだと思いたい。 まさしく「我以外皆我師」だなぁ。
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