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| 2014年08月27日(水) ■ |
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| 動きまで思い出せる故人の葬儀は、もっと辛い |
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1カ月ほど前、前職場で大変お世話になった本人が亡くなり、 親や配偶者などとは違う、声を掛ける相手のいない、 葬式参列の辛さを、しみじみ体験した。 そしてまた、先日突然飛び込んできた、訃報。 同じ地域の住み、同じ職場で働き、時には一緒に遊び、 御家族とも仲良くさせていただいていた女性が亡くなった。 退職してまだ数年、姿を見かければ、必ず声を掛けてくれた女性は、 先月までは、元気そうだったから、未だ信じ難い。 若い頃から退職まで、長い期間を一緒に働いていたからか、 思い出は多く、プリントされた写真の中で、笑顔を見せている。 今でも「しもちゃん」と呼んでくれそうな遺影が、辛かった。 先月の葬儀で、文中に書き留めたフレーズ 「声が耳に残っている故人の葬儀は、辛すぎる」を思い出した。 明るい人だったから、明るく楽しく送り出してやりたい、 そう思っていても、脳がそう判断していないのか涙が出てしまう。 顔・声だけでなく、動きまで思い出せる故人の葬儀は、もっと辛い。 ボウリングでストライクをとった時のリアクション、 バレーボールでレシーブをしている時の動きや声・・ 「スポーツ・ウーマン」だったから、動きが鮮明に残っている。 「写真」より「声」、そして「声」より「動き」。 動画は写真より、鮮明にイメージが残る気がする。 なにはともあれ、彼女のご冥福をお祈りします。合掌。
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