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| 2008年05月17日(土) ■ |
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| 「弔電披露」「供花の名札」は不必要では? |
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2日間で、なんと3人の告別式に参列した。 宗派や葬儀会場、亡くなった方の年齢により、 多少の違いはあったが、ほぼ同じ流れで式は行われた。 今回の一言は、久しぶりに私の「葬式」に関する意見である。 (今回だけでなく、ずっと感じていたことを文字に残すことにした) 告別式で、故人に話しかける形で行われる「弔辞」、 これはどんなに長くても、故人の生前の人柄を知ることができ、 葬式では、私の一番好きなセレモニーである。 「弔辞」を読みたい人が多くて式が長くなっても私は気にならない。 しかし、それに続く「弔電披露」だけは、勘弁願いたい。 なぜか・・それは、わざわざ葬儀会場に来ている人の前で、 会場に来ていない人の名前を、延々と司会者が読み上げる。 名前から役職まで、ご丁寧に披露するが、その意味がわからない。 特に、政治家や市町の首長名がずら〜っと・・。 (気に障った方、ごめんなさい、一般論の話ですから・・) 売名行為とまでは言わないけれど、ちょっと度が過ぎると思う。 また業界にもよるが、北から南まで「○○支店」「○○営業所」は、 もう会社の宣伝としか感じられない。(誰もメモをしていないのに(笑)) さらに、祭壇の横に飾られる花に付けられる「名札」だっていらない。 主役は故人なのに、妙に「他人の名前や会社」が目立ってしまう。 送り主の名札がないスッキリした祭壇を、私は見てみたい。 お葬式こそ、形式化されず、いろいろな形があってもいいと思う。 生きてきた証だから・・その人らしいお葬式を。
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