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| 2005年05月18日(水) ■ |
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| 生も死も運命と心得ております。 |
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何気なく本棚にあった「文藝春秋 2005.1号」を手にしたら 特集は「各界著名人58名が望む理想の死に方」だった。 最近、事故等で「死者〜名」の見出しを見ることが多いからか、 私の視界に飛び込んできた「死」の漢字に引っかかったのだろう。 瀬戸内寂聴さんからダライ・ラマ14世まで、本当に多くの方の 「死」に対する考え方が読めて、とても勉強になった。 ピアニスト、フジ子・ヘミングさんは「灰は鳥のさえずる森に」 元プロ野球選手、江夏豊さんは「甲子園の土に還りたい」・・ その中で複数の人が「野垂れ死」を望んでいたのには、驚いた。 自分の死に方を自分で選ぶことができるのなら・・の問いに 「三笠宮殿下」のタイトルは「無題」、 そしてたった一行で、こう書き記したのが印象に残りメモをした。 事故や天災で若くして多くの方が亡くなる現代において、 残された家族の悲痛な叫びを画面を通して見るたびに涙が溢れるが、 どうしたら、亡くなった方への想いを振り払えるかと言えば、 最後は「運命だった」と考えるしか割り切りようがない気がする。 私は今回の胆のう摘出手術をする前に、 全身麻酔をして目覚めなかったらどうしようという不安があった。 大事な家族を残して死ねない・・という想いが強かった。 しかし今考えると「三笠宮殿下」の一言で、一掃された気がする。 こうしてPCに向かい「気になる一言」を書いているということは、 神様がまだ生かしてくれた・・ということと解釈した。 「死」について考えることは、どうやって「生きる」かに繋がる。 だからこそ、毎日を悔いなく過ごさなければ・・と心から思う。
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