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| 2004年09月18日(土) ■ |
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| 妻と同じ「洗濯の仕方、洗濯の干し方、洗濯のたたみ方」 |
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以前、3年間一緒に働いた学校の先生の奥さんが病に倒れ、 1年数カ月の闘病生活を経て42歳で他界した。 通夜、告別式と足を運び、いろいろな光景を目にし、 私なりに考えさせられた2日間であった気がする。 特に、芯の強い先生と思っていた彼から出た言葉と涙が 私の胸を強く打った。 あまりにも若すぎる奥さんの死に、覚悟は出来ていたが まだ心の整理が出来ていない様子の彼は、声を詰まらせた。 奥さんは、いつしか2人の幼い娘さんに対して、 これからの生活に欠かすことが出来ない事を、 自分の病の辛さに耐えながらも教えていたようだ。 また子供たちも、それを一所懸命覚えて、 いまでは、すっかり奥さんと同じように出来るようになった。 それを代表するような行為が「洗濯」であったのだろう。 この気になる一言に選んだフレーズを彼が話している時、 私も我慢しきれず、涙が止まらなくなってしまった。 今は全自動だから、洗うだけなら私でも出来る。 しかし、ほとんどしたことのない干し方、たたみ方は、 40半ばを過ぎても、いまだまともに出来ない。 だからこそ、彼はそんな妻を讃えて「母は強い」と表現した。 自分のことだけでなく、残すことになる子供たちに 出来る限り「生きる力」を教えたことを、目の当たりにし、 参列者へのお礼というより、亡き奥さんへの感謝の気持ち、 そう思える、温かい挨拶であった。 今回のお通夜、告別式について、書こうかどうか真剣に迷った。 しかし、これ以上の台詞が見つからなかったから、 私の心の記録として選ばせていただいた。 彼の奥様の冥福と、残された遺族の幸せを祈りながら、合掌。
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