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| 2003年08月11日(月) ■ |
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| 期待されるってことは、幸せだ |
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元ノルディクスキー複合選手、荻原健司さんの 甲子園レポートだった。 「甲子園は重圧とともに」の題字も自筆の新聞エッセイである。 期待される球児のプレッシャーと、 冬季五輪の時の自分が感じたプレッシャーについて。 その中で彼は、競技をやめた今だから言える、と前置きしながら 「期待されることが、どれだけ幸せなことか。 絶対、いい経験になる」と言い切っていた。 以前、駅伝の選手に「期待されることって凄いことなんだよ」と 話していた監督を思い出したが 彼は、それ以上に「幸せ」なことだと定義した。 期待もかけてもらえない・・これは淋しいこと。 期待とは「よい結果や状態を予期して、その実現を待ち望むこと」 だから、そのの大きさではない。 自分以外の誰かが、自分のよい結果を望んでいてくれる。 このことが、幸せなのだ、と言いたかったのだろうか。 期待と同じ大きさで、不安が存在する。 だから「不安だ」と言われるのは、 「期待しているよ」という裏の表現でもあると考えてみよう。 不安に抱いていること・・もしかしたら、期待してませんか? そんなことまで、考えてしまったフレーズだった。
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