ぶつぶつ日記
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| 2004年12月20日(月) |
自分の死んだあとのことーその1 |
学のない母であるが、時折よく切れる包丁のように 核心をつくことがある。 例えば、良い人で通っていた親戚のおじさんが亡くなった時、 そのおじさんの生前の発言と用意が元で、 家族がつかみ合いの喧嘩になってしまったのを見て、 「本当に良い人か、本当によくできた人か、人は死なないと 本当の所はわからないのよ。」 と、当時高校生くらいだった私に言ったものだ。
そして、職場の現在の状態を見ていて、 時折その言葉を思い出す。 本当に良い経営者は、自分の死後の準備を 早い段階からしているというが、 本当に、亡くなって数年たって、 その経営者がはやして本当に良い経営者だったか、 真価が下る。 それは、後継者選びに成功したかどうか、という点で。
飛ぶ鳥後を濁さず、とは少し意味が違うかもしれないが、 死んだら、それで、ハイお終いよ、とならないところが、 怖い所である。
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