ぶつぶつ日記
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2004年06月01日(火) 女の子になりたい男の子

最近、渋谷のセンター街には、「センターガイ(GUY)」なる男の子がいる。
簡単に言うと、顔黒ギャルの男の子版で、
同じように顔を黒くして、厚化粧、髪はカラーリング、
服もアルバローザなどのギャルブランドを着ている男の子。
女の子の服を着るために、ダイエットしたりするらしい(^^;)。
ちょっと見、グラムロッカーっぽかったりするんだけど、
多分彼らにグラムとか言っても、「なに?何グラム?」とか言われちゃいそうです。

さて、雑誌の特集を読んでみると、
彼らは「女の子になりたい男の子」らしい。
でも、彼らはトランスジェンダーでも多分ゲイでもない。
性志向的には女の子が好きなんじゃないかと思うが、
じゃあ、どうして彼らは女の子になりたいのか。
男の人生、つまらないって。
なーんにも面白いこと、ないって。
女の子は、きれいな服を着て、エンコーして、お金ももらえて、
それでもなんか、許されちゃう。
仕事だって、なんだかんだいって、アパレルの店員とか、
好きな服に囲まれてたのしそー。
その上、ある程度の年になったら結婚して、だんなの稼ぎで生活して。

彼らの考え方は、ある意味完全に間違ってるんだけど、
ある意味すごく新鮮だった。
昔は、「自由」というのは男性の領域で、
遊ぶのも、勉強も、仕事も、自由に選べるのは男性ばかり。
女性は型に押し込められ、そこから逸脱することが出来ない不自由さ・・・。
所が、この国では、今型にはめられて苦しんでいるのは、
実は多くは男性になってしまった。
女の子、女性達は、するりするりと女であることを利用し、
会社をやめて留学してしまうは、学校も適当、でも、なんとか収まってしまったり。
いくつになって新しいことにチャレンジしても、
それは「生きがい」と言う言葉で美化され、あまり非難もされない。

男の子達は気がついている。
もし、自分達=男がそういう人生を選んだら、
女性よりも多く非難をされ、そして軌道修正することがとても難しいことを。
男は、「コウアルベキ」という型を打ち破るだけのパワーは、
今の日本の経済にはないから。
「カゾクヲヤシナウセキニン」とやらは、いまだに男の領域だし。
自分だって養ってもらいたいなんていったら、
サイテーの男って言われるし。

彼らはある意味とても正直な子達のように思える。
もしかしたら、彼らのような子の意識が、
日本の窒息感を打破するきっかけになるかもしれない。
「マトモニイキル」ことに、疲れてしまったこの国で。


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