ぶつぶつ日記
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最近、エジプトの不屈のフェミニスト、サダーウィが 日本の新聞社とのインタビューで、 フランス政府が法的にヘジャーブを禁止していることを評価し、 「ヘジャブを着用しなければならないという宗教的抑圧からこそ女性は解放されるべきだ」 と、ヘジャブ自体を否定する発言をしている。 彼女の、不屈の精神や活動は尊敬するけれど、 どうも、今一昔前のフェミニズムの呪縛から 彼女自身が解放されていないような気が、この意見からはする。 それはもちろん、彼女の置かれている現状(イスラム過激派からの死刑宣告、 エジプト政府からの弾圧もあり、エジプトにいる場合はほぼ軟禁状態)を 考慮しなければならないだろう。 しかし、彼女のがんじがらめの状況の周りで、 世界や意識は明らかに変化してきている。
ブルカを脱いだアフガンの女性たちは、ではなぜスカーフははずさないのか。 かぶる必要のない西洋社会の中で、そしてその国で生まれ育った少女たちは どうしてそこまでヘジャーブにこだわるのか。
宗教的規範、古臭い社会的な慣例、頭の固い大人たちの押し付け・・・。 我慢してヘジャーブをかぶる女性たち・・・というイメージは、 結局半分くらいのことしか表していない。 そういう女性もいる、でも、そうではなく自ら望んで髪を覆う女性もいる。
ヘジャブ(ムスリマがかぶるベールのこと)に関しては、 この日記でも何度か取りあえげているけれど、 再度、このことについて考えてみたい。 それは、イメージとアイデンティティと 個人の自由のせめぎあいのもんだいであるから。
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