ぶつぶつ日記
DiaryINDEXpastwill


2002年02月03日(日) 大好きな女(ひと)〜シリーズ1〜

須賀敦子さん
随筆家、イタリア文学翻訳家、他
昭和4年〜平成10年

ミラノ、という街に言いようもない甘美な響きを覚えるようになったのは、
自分があの街に何度か行ったからでは決してない。
ラベンナへ行く道すがら、通りすがって何日か滞在したミラノは、
私にとってはあまり印象に残らない、
大して好きになれない街だった。
それが今では、ミラノ、と聞くと、
切なさが胸いっぱいに広がる。
それは、「私」のミラノの記憶ではなく、
「須賀敦子」という人のミラノの思い出が、
あまりにも甘美で、懐かしく、そして優しいからだ。

英語が公用語だったという、まさに選ばれた空間で教育を受け、
船でヨーロッパへ留学したと言う、
日本の最後の綺羅の時代に育った女性ならではの、
不思議な浮世離れ感と、それでいて正しい道徳観を併せ持った、
古き良き香りのする彼女の文章に、
平等という名のもとに、私たちが失ってしまったものを感じる。
パリで、そしてイタリアで悩みながら勉強を続けていた、
彼女の青春時代がとてもまぶしい。

何か、心が沈んでいる時、悲しい時、元気がない時。
気がつくと、彼女の本を手に取り、
繰り返し、繰り返し、そのページをめくっている。
電車の中で、何度何気ないページに涙を流しそうになったことか。

透明な、悲しみ。

彼女の本の中には、悲しみがたくさんつまっている。
そしてそれ以上に、人の背中をそっとなでてくれるような、
そんな暖かさも。

彼女のページの底に流れている悲しみ。
多分それは、せっかく出会った(しかも運命的な)愛するだんな様を、
本当に短い結婚生活で亡くしてしまったことによる、
行き場のない消失感なのかもしれない。
そして暖かさは、悲しみの中から立ち上がり、
思い出を胸に、もう一度人生を立て直した人の、
自信と強さから来る大らかさに違いない。

初めて降り立った冬のミラノの街の冷たい空気を
胸いっぱいに吸い込み、
私も、悲しみや辛さに目をそむけないで生きていきたい、と思った。
きっとその度に、ページの中から須賀さんがそっと、
私の背中をなでてくれるだろう。



colacaco |HomePage

My追加