| 2006年08月20日(日) |
途方にくれたときの歌 |
友引だから葬式は挙げられない、と中日になった昨日。朝から届く盛籠や花、ゆうべは無かった灯篭、花瓶。とにかく家具を退けて少しは広くなったかと思った奥の部屋がもう一杯だ。じいさまは埋もれるようにして白い布団のなかにいる。 買出しに便乗して荷物持ちの名目で家を出た。割り箸、使い捨ての器、キロ単位の野菜(精進だから肉は使わない)、お茶、茶菓子。出来るだけ安いものを、と真剣に悩む母と叔母。 帰ったら今度は入棺。住職が来て、簡単な説明を受けてから掛布団をはぐ。じいさまは寝巻きの浴衣にドライアイスを抱いて棒のように寝ていた。指先が白いのは凍っているのか。喪主の親父殿から順に、洗浄綿で身体を拭く。黄色い皮膚の下には堅くなった肉がある。作り物のようにも見えるそれは、しかし他の人工物の何にも似ていない。強く擦ったら剥がれてきそうな気がして、恐る恐る撫でるように拭く。布越しにだってじいさまに触れたことなんか何度もないのに。脚も腕も細くて、深い顔の皺は折り重なるひだのよう。バランスの悪いいびつなヴォリューム。老人だからか、死んでいるからか。 男衆で棺に納める。布団には生きた人間も寝るけど、こんな木の箱には入らないよなぁ。手順書を末娘の叔母が読む。これはなんだ、あれはどうする?言い合いながら編笠、草鞋、杖、白装束を着せかける。「袋には故人の愛用の品などを納めてください、だど」「お菓子で良いべは」「爺の帽子でも入っでけだらいいべ」顔の周りは花で飾る。似合わねえよ、じいちゃん。花に囲まれて薄ら笑うじいさまはいっそ滑稽だ。蓋をかぶせて釘を石で打つ。宗教の儀式は面倒くさくて可笑しい。 その日も沢山の人が出入りして夜が更ける。火の番をしていたはずの親父殿と叔父はすっかり寝入り、兄を亡くした大叔父がうつらうつら舟を漕ぐ。兄者と従兄弟が駄弁るのに付き合って午前4時、洗った髪が汗と湿気で乾かないまま床についた。
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