皇帝の日記
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2004年09月23日(木) オーストリア、ウイーン

↓昨日書いたチェスキー・クルムロフというとこは、世界遺産に登録されていた。
有名どころなのかというと、確かにそうなんだが、チェコ中に世界遺産登録された城が満ち溢れているので、まあそのうちの一つなわけだ。

さて、ウイーン。
音楽の都ウイーン。
ドナウの(ヘドロで)青き流れが輝くウイーン。
二年前の大洪水で建物を洗われたウイーン。
ハプスブルグ家本拠地ウイーン。
チョコレートがくどいウイーン。
足の短いゲルマン人のウイーン。
Wの発音が全て濁音に変化する、不思議の国。

そんなわけで、夜にバスがウイーンに着いてから、ワインならぬヴァインを賞味しつつ夕食。
チェコからずっと思っていたが、町が美しい。
どのように美しいかと言うと、ゴミが捨ててない美しさ。
アジアとは一線を隔すところだ。

で、次の日はハプスブルグの反映の舞台、シェーンブルン宮殿へ。
大変土地が広いので、全て見るのは不可能。
このお城は、他のお城と違って、外側だけでなく中の内装から家具から全てがオリジナルのもの(他のお城は、中身は骨董屋で補充するなどしている場合が多い)。
そればかりではなく、万が一家具が壊れた時のために、全ての家具にスペアがあり、こちらもオリジナルというから、規模が違う。
更に、マリア・テレジアが、家具や壁紙の張替えのために折らせた絹地の在庫も相当残っており(一々必要な時に作ると、色が統一できないのでいっぺんに織らせたそうで)、あとニ三回貼りなおせるんだとか。
こちらももちろん世界遺産。

エリザヴェート皇后の使った髪飾りのレプリカ、ヘアピンを購入した。
エリザヴェートの髪の毛は踵までつくくらい長かったとかで、髪の毛にまみれた肖像画がありました。
ぶっちゃけ気持ち悪い髪の毛だった(ぽつり)

バスで市内を見学しながら、ヨハン・シュトラウスの像を見た。
ここでツアーから離れて、市内観光。
変な人につきまとわれた時のために(なんせ一人で歩いてるもんだから)日本人相手の免税店の位置を確認。
万が一の時に駆け込めるようにしておく。
それからかの有名な、数十年間裁判で商品名を争ったと言う、オリジナル・ザッハートルテを食べに喫茶店へ。
同じツアーの人がここでカバンをスられる。
そういうこともあります。
慌てず騒がず警察へ行きましょうね。
トルテはどこまでも甘く、その横についた、ケーキの倍くらいの大きさの生クリームに更にHPを吸い取られ、名物ウインナーコーヒーに乗っかってくる、同じサイズの生クリームでとどめを刺されるという感じだった。
美味しいよ。

それから国立オペラ座の見学ツアーに参加。
毎日日本語のツアーが三時に行われており、皇帝はちゃっかり学生証を提示して半額以下の2ユーロで参加。
学生は全世界どこでも学生です(ここメモ)。

てれてれ市内を歩いて、美術史博物館へ。
とにかくでかくて広くて収集絵画の数が半端ない。
ここまでの観光を終えて、すでに四時回っちゃってるのに、閉館は六時で、軽く焦る。
しかも日本語ガイドイヤホンはないので、英語版。
これが耳慣れぬブリティッシュ・イングリッシュ。ふら。
で、有名な絵画をピンポイントでまわり始めるが、特に看板が出ているわけではないので見逃しがち。
警備員に「この部屋で有名な絵はある?」と聞くと、「あんたの目の前のそれ、ラファエロ」と言われる始末。
数多くの名画を、主に見過ごしてきました。

閉館で追い出されてから、奥の建物にある近代美術関係の広場へネリネリと入る。
ところで昼間、オペラ座のチケットを買いたかったのだが、もちろん超人気のチケットがそう易々と手に入るはずもなく、無理だったので、ヨハン・シュトラウス劇場のオーケストラ(バレエ、オペラもつく)チケットを買っていた(ここ裏技。メモ)ので、八時までにヨハン像の前に戻らなければならない。
なので、時間を気にしつつ、近代アーティストの最近の作品や写真を見学。
八個レンズのついた、変なカメラを購入。

ここからヨハン劇場まで早足で到着。
席は自由席なので、早めにアクセスし、最前列のど真ん中ゲット(同じツアーの客にであったので、手伝ったりしてもらって)
後ろの席とかも、全然段差のない平席なので、小さい皇帝には重要なことだ。
目の前でバレエをみたりして、すっかりご満悦。
ウイーンのオーケストラでモーツアルトを聴いた、という事実に酔う皇帝。

帰りは地下鉄は危険、というか一時間に一本の素敵な路線だったので、タクシーを拾ってホテルにご帰還。

ウイーン満喫しました。
雨も降らず、いい感じ。


皇帝