のづ随想録 〜風をあつめて〜
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【のづ写日記 ADVANCE】

2003年08月29日(金) 記憶の中の男

 その日、俺は北関東のとある地方都市にいた。
 急に夏休みをとることになり、折角の休みをどう過ごすかを慌てて考えている間に数日が過ぎた。当然のようにツマは仕事があり、俺に付き合って突然会社を休むわけにもいかず、俺は突発的に思い立って、取り敢えずの“一人旅”でふらりドライブに出掛けた、というような感じになった。
 その街には5、6年前に何度か出張で訪れたことがあった。出張の度に駅に程近いビジネスホテルに泊まり、朝食は決まってビジネスホテルのすぐ近くのデニーズのモーニングセットだった。そんなことを記憶の片隅から蘇らせながら、俺は車を走らせていた。
 特別に、この街に目的がある訳ではなかった。
 本当なら本来の目的地に宿を取るつもりだったが、平日と言ってもまだ世の中は夏休みで、ガイドブックを紐解いて目ぼしい宿に予約の電話を入れても、尽く『予約で一杯です』の答えが返ってきた。ならば、その途中のこの街で宿を取り、まあ周辺の旨いものでも食って歩こうか、程度のことだけを考えてこの街を訪れた、という次第。
 駅前通りの交差点にあるセブンイレブンの前を通り過ぎた時、俺がこの街を選んだ理由が、実は心の奥底の方にあったような気がした。


 高校3年の時に同じクラスになった仲間とはいまだに付き合いがあって、彼はその中の一人だった。
 今でこそその特異なキャラクターを十二分に発揮しているが、少なくとも俺は彼と知り合ってからの数年間は、彼こそ唯一といっていい仲間内の『真人間』だと思っていた(『真人間』から徐々に変貌を遂げてゆくその推移はかなり劇的なものがあったかと思うが、今はそれを語るときではない)。
 その彼が就職して暫く経った後、この街に転務となった。
 彼は、衝動買いで中古の車を買い、カレーを作っていたら焦がしてしまい、頭にきて鍋・コンロごと捨ててしまう――というようなどうも説明のしにくい一人暮らし生活を送っていた。
 俺はまだその頃は大阪に勤務していたが、俺が転勤となり大阪から帰ってきた時も、彼はまだこの街にいた。そして俺が新しい仕事でこの街に出張に行く、と告げると、彼は嬉しそうに、
「それじゃあ呑もうよ。美味しいお店を紹介するよ」
と言った。
 彼は、「カクテルの街」といわれるこの街で、新しい“酒”を覚えていた。
 駅前通りの待ち合わせ場所で、彼は俺に気づくと軽く手を挙げた。そのままセブンイレブンの横にある小奇麗な居酒屋に俺を案内した。
「今日は、例の店にも連れて行ってあげるよ」
 おしぼりで軽く手を拭いながら、いつもの穏やかな笑顔で彼は言った。
“例の店”――。
 それまでに何度か彼の話の中に出てきた店だ。彼がカクテルを覚え、そして酒の飲み方を覚えたバー、それが「CHAMONIX(シャモニー)」だった。


 地方都市の夜は足早に過ぎていく。夜十時過ぎ。この時期なら多少なりとも少年少女たちが徒党を組んで歩いている姿もあろうかと思っていたが、宿から飛ばしたタクシーを降り立つと、そこはもうエンディングを迎えようとしている地方都市の夜があった。途切れ途切れにチェーンの居酒屋の看板だけが目立ち、遅い夕食を狙っていた俺は、途方に暮れながら少しこの繁華街を徘徊することとなった。
 覚束無い記憶を頼りにとある商店街を目指すと、周辺と比べると少しだけ異質な店構えが静かなその商店街の片隅に浮かび上がっていた。
 ――あった。
 「CHAMONIX」は何も変わらないまま、そこにあった。
 遠目にほの暗い店内を覗いてみると、カウンターの中には白いスーツのバーテンダーがふたり。その手前のほうが恐らく「マスター」だろう。カウンターには7、8人の客がずらりと並んでいて、もしそのまま店の扉を押し開いたとしても、どうもゆっくりと呑める雰囲気ではなさそうだった。
 俺は当初の計画通り、「CHAMONIX(シャモニー)」には入らず、狙いをつけていた近くの小さな居酒屋で軽く食事をした。思っていたよりも肴が美味しかったが、ビールジョッキ一杯で抑えて、そして満を持して「CHAMONIX」へ向かった。
「――いらっしゃいませ」
 店内にはカウンター席で小さなカクテルグラスを前に女性客が一人座っているだけだった。間接照明にさまざまな酒のボトルが浮かび上がり、低く静かにジャズが聞こえてくる。
 どうも出来すぎたシチュエーションである。
 俺は若いバーテンダーに促され、カウンター席の奥のほうへ腰掛けた。しばらく間があった後、バーテンダーが静かに言った。
「何かお作りしましょうか」
 ええと……。こんな落ち着いた雰囲気の店に入るのは実は久し振りで、少しだけ気負っているような気分もあったが、若いバーテンダーの穏やかな声に俺は答えた。
「ええと、ネグローニをお願いします」
 はい――。彼は小気味良くすぐ後ろを振り返ると、ずらり並べてあるボトルの中からカンパリをひらりと取り出した。
 すぐ隣の女性客は少し酔っているようで、今度はちょっと甘い奴をお願いするわ、と口にしていたカクテルグラスをカウンターに置いた。そしてそれまでマスターと話題にしていた、映画に出てくるカクテルの話を再び語り始めた。マスターは時折女性客のほうに視線を移し相槌を打ったりしていたが、少しのタイミングを見計らって、俺の目の前にグラスを置いた。赤い液体の中に、過ぎる程に透明な氷がふたつ、かちりと鳴った。
「ネグローニです」
 暫く俺は黙ってそのすこし苦いカクテルを口に運んでいたが、程なくして若いバーテンダーが俺に話しかけてきた。
 気分のいいバーテンダーだった。
 俺は、この店は大切な友人が数年前に紹介してくれた店であること、久し振りにここで飲みたくなって店を訪れたこと、莫迦の一つ覚えのように、一杯目は必ず「ネグローニ」を注文してしまう理由、というような話をした。若いバーテンダーは笑顔で俺の話に耳を傾け、決して押し付けではない話口で“酒の飲み方”の話をしてくれた。

 「CHAMONIX」を紹介してくれた彼に、この店を訪れた話をしたらきっと羨ましがるだろうな、というようなことを考えていた。そして、あの日、彼と訪れた「CHAMONIX」も、そしてこの夜、俺一人で訪れた「CHAMONIX」も、変わらずに気分のいい時間を与えてくれた。
 若いバーテンダーが二杯目に薦めてくれた「モヒート」のフレッシュミントに負けないくらいのさわやかな気分で、俺は「CHAMONIX」を後にした。



2003年08月18日(月) 地方都市というものは、やはり

 もはや『いま●●でコレを打っています』レポートになりつつあるのづ随想録ではあるが、今日はどこにいるかということ、愛媛県は松山市。出張ですよ、出張。生まれて初めて愛媛県に足を踏み入れました。四国に来たのも通算二度目ってんだから、俺の人生の中ではかなり縁の薄い土地である。
 愛媛県、といわれても、まあせいぜい“みかん”程度しか思い浮かばないのだが、『松山』と聞けば野球ファンなら『松山坊ちゃんスタジアム』がぱっと出てこなければウソだ。『Baseball』を『野球』と訳したのは正岡子規だって、知ってました?

 今日は朝からパニック的に忙しく、昼飯もろくに食えなかった。夕方4時半に会社を飛び出して、6時半の全日空に搭乗すべく羽田空港へ。途中、浜松町で降りなきゃならないところを一駅寝過ごしてしまったりして肝を冷やしたが、なんとか松山空港へ降り立つことができました。
 中心街の松山市駅にたどり着いたのはまだ9時くらいだったけれど、さすが地方都市、人影はまばらで街は深い眠りについている、といった風情だった。池袋の夜9時なんて、気の触れたような格好をした少年少女たちが大挙して徘徊し奇声を発しているぞ。そんな光景を見慣れいているもんだから、この松山の静かな夜はちょっと拍子抜けしてしまった。
 途中、友人とメールのやり取りをしていると、実は松山は駅周辺ではなくすこし離れたあたりに繁華街がある、ということを教えてもらう。彼の会社の同僚が松山の出身らしい。ちょうど夕食をどこで食べようかという時間でもあったので、さっそく松山のオススメスポットを教えてもらう。ちょちょいとメールのやり取りをするだけで、その松山出身の某氏がお勧めする寿司屋にたどり着けた。これは便利だ。とりあえずははずすことのない店に入ることが出来た。

 松山は『道後温泉』が有名らしいですね。
 俺が泊まっているビジネスホテルは6キロ先の(松山市の中心からたった6キロしか離れていない!)道後温泉からパイプで温泉を引いているらしく、確かに大浴場の湯は温泉にあるようなすこしだけぬめりけのある湯であった。寿司屋で軽く飲んだのだが、体内のアルコールをきれいさっぱり流してしまうくらいゆっくりと長風呂させていただきました。

 明日は松山市内で打ち合わせ。で、明日のうちに名古屋に飛ばなければなりません。結構ハードな盆明けである。
 まだ夏休みの目処は立たない。



2003年08月08日(金) 充実の新幹線移動、再び

 はいはい、ごめんなさい。また新幹線の中ですよ。
 二泊三日の出張を終え、猛烈な勢力で迫りくる台風から尻尾を巻いて逃げるように、俺は今東京行きの新幹線の中である。指定席に落ち着く早々、おつまみに買った鶏の唐揚げと缶チューハイをすばやく胃袋に流し込みげ、ほどよくいい気持ちになったところで、このノートパソコンの電源を入れた、という状況である。
 この二日間の出張は、俺が以前滋賀での出張生活の中で開店させたお店はその後どーなっておるのか、というあたりを調査する――というのが目的であった。よって、ウチのお店は勿論、その競争相手のコンビニもあれこれ調査しなければならなかったわけだが、強く感じたことがひとつ。

 関西はタイガース一色だ。あたりまえだけど。

 強かろうが弱かろうが、そういうこととは別次元でも確実にファンに愛される人気球団である阪神タイガースが、今年はどうも調子がいい。そうなってくると、特に関西地区では『阪神タイガース』がいい商売のネタになってくる。コンビニも勿論タイガースを商材のひとつとして捉えていて、関東地区以上にタイガース関連の商品が目白押しだ。スナック菓子やおつまみ類など、節操なしに猛虎マークが付いている。ジャイアンツファンの俺としては、これはもうかなり気分が悪い。
 サンガリア、というマイナー飲料メーカーが発売しているのが『タイガース缶コーヒー』。タイガースの中心選手をデザインした缶コーヒーで、俺はこれを熱烈阪神ファンの友人への土産に、と4本購入した。ところが、この缶コーヒーは関東地区のコンビにでも売られているらしく(それを知らなかったのは業界人として恥じている)、友人からは『もちろん集めてます』のメール。やむを得ず、俺は友人への土産にし損ねた、薄くて甘ったるいタイガース缶コーヒーを飲み続けるしかなかった。いま、コレを打ち込んでいる傍らにも赤星選手がデザインされた、缶コーヒーがあるのだから、まったく。
 びっくりしたのは新大阪駅。
 つい数ヶ月前までは存在しなかったタイガ-スグッズショップが出来ており、あちこちの土産物屋でもこれでもかというくらいはタイガース関連商品が売られていた。
 これからはもっともっとタイガースがブーム的に盛り上がってくるのだろうなあ。



2003年08月06日(水) 充実の新幹線移動

 このノートパソコンを手に入れたのはやはり正解だった、とこういうときにつくづく思う。
 コンビニの小さめの弁当大、といったら分かりやすいか(いや、普通にB5サイズと言うべきだった)。カバンの中に入れてもさして邪魔にならず、今日のような出張のときでも是非持ち歩きたい、という気分にすらさせてくれるサイズ。実に満足。
 というわけで、またまた外出先からの『のづ随想録』の更新である。「で、今回はどこから?」と思ったあなたは”話の流れ”ってものを理解されておられる。
 今、私は京都へ向かう新幹線の中だ。今日から金曜日まで、以前長期出張生活を強いられていた滋賀県へ再び足を運ぶこととなった。出張生活時代の仕事の残務処理的なことを急遽言い渡され、本日の残業も中途半端なまま発車20秒前のひかり245号にヘッドスライディング、という次第。目的地の滋賀県草津市までは、新幹線でひとまず京都まで飛び、そこから在来線に揺られ草津まで戻ってくる、という道程をたどることになっているのだが、まあ明日の夜にでも、あの旨いうどん屋でたらふくうどんを食おう――などとどうでもいいことを今から考えている。


 京都までの約2時間半の移動時間、これは最近の俺にしてみれば魅惑の時間となっている。
 昨日確認できなかったメールのチェック、友人に連絡しなければならないことのメール送信、金曜までのスケジュールの確認と調整、読みかけの文庫本を読む、耳そうじ(ホントにやった)、ぼーっとする……。
 日常はゆっくりと出来ないことが、この移動時間に誰に邪魔されることなくのんびりとやってしまえることはなんと気持ちのよいことか。

 久しぶりに新幹線に乗った。
 世の中は夏休みだということをすっかり失念していて、チケットなんぞその場で買えばいいんじゃ、と思って東京駅のみどりの窓口にたどりついたら、すでに普通席は満席。やむを得ずグリーン席を購入しました。
 さすがグリーン席という感じで、座席は広いし静かだし空いてるし、穏やかな気分でこうして与えられた自由な時間を過ごすにはもってこいである。
 通路を挟んだ、ちょうど俺の反対側の窓際に座る男のケータイが鳴った。『まさか席に座ったまま喋りだしたりしないだろうな…』と警戒していたら、男は迷いもなくどっしりと背もたれに寄りかかったまま、「ああ、もしもし」
 まったく、マナーのない奴め。聞くともなしに、男の会話がこちらに断片的に聞こえてくる。男は最後にこう言って電話を切った。

「ああ。いいから。オペは俺が承認するから」

 おおおおお医者様でおられますか、となぜか一瞬ひるんでしまいました。この新幹線で、今、万が一のことがあって、女性乗務員が「お客様の中でどなたかお医者様はいらっしゃいませんか!」と引きつった表情で現れたとしたら、この男はおそらくそっと手を挙げて立ち上がるのだろうか。
 なにより、日常の中で”オペ”というコトバは、実はそう耳にすることはない。“俺が承認する”なんていうあたりは、見た感じは俺と同い年くらいの若さなのに医局長かなんかをやっているのだろうか……実際のところ『医局長』がオペをする役割があるのかどうかということは俺には分からなかったけれど、そんなさまざまなことを想像しながら男を見遣った。
 ケータイを尻のポケットに押し込んだ男は、ちょうどひざの上にひろげたままにしていた雑誌に戻ろうとしていた。『アサヒ芸能』の表紙が見えた。
 この雑誌がどうのこうのではないが、少なくとも俺が手術室に入らなければならない時があったときは、なるべく『アサヒ芸能』を愛読する医者には世話にならないようにしよう、と思った。

 出張という非日常があれば、こんなネタにも出会うことが出来るンですね。


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