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2002年12月31日(火)
■『太陽の簒奪者』 ★★★☆☆

著者:野尻抱介  出版:早川書房  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
西暦2006年、突如として水星の地表から噴き上げられた鉱物資源は、やがて太陽をとりまく直径8000万キロのリングを形成しはじめた。日照量の激減により破滅の危機に瀕する人類。いったい何者が、何の目的でリングを創造したのか?―異星文明への憧れと人類救済という使命の狭間で葛藤する科学者・白石亜紀は、宇宙船ファランクスによる破壊ミッションへと旅立つが…。星雲賞・SFマガジン読者賞受賞の傑作短編、待望の長編化!

【内容と感想】
 早川書店からの新シリーズとして2002年の4月に創刊された「ハヤカワSFシリーズJコレクション」。新書版より少し大きいサイズで、文字も一段組みで大きく読みやすい。従来のとっつきにくいSF像を払拭し、日本の作家のエンターテイメントに富んだ作品を気軽に楽しめるようにという趣旨で作られたシリーズのようである。


 私はあまり日本人の書いたSFを読まないのだが、この作品の評はあちこちで聞いて気になっていたので買ってみた。文庫本に比べると値段が高い。ハードカバーのものに比べると安いのだが、作品の質は別にして、この文章量と装丁で1500円だと割高に感じる。

 普段読みなれているものより文章量が少ないので、あっという間に読める。会話などが必要最小限で構成され潔い。また、日本人が日本語で書いた文章は、文化の違いによる違和感がないので読んでいて安心感がある。


 内容は、近未来のファーストコンタクトを取り扱ったものだ。水星に突如人工建造物が発見される。ナノテクノロジーを使用した異星人の高度な技術で、次第に大きくなるその建造物はいずれ太陽を巨大なリング状に覆い尽くそうとしていた。

 主人公の白石亜紀は中学生の時に水星の建造物を初めて観測し、以来この未知の文明に惹かれた。彼女が成長して研究者となり、生涯をかけてこの異星人とコンタクトしようとする活動が描かれている。


 ファーストコンタクトを扱ったものは多いが、相手の知的生命体がこれほど姿を現さず、呼びかけにも応じないものは珍しいかもしれない。最初に兆候があってから何十年もの間、呼びかけにも一切反応がなく、無機質で対話が成立しないのだ。

 何十年もずっと無反応のまま物語が進んできたので、最後の最後で反応があったのが少し残念なぐらいだった。会話がまったく成り立たなくても良かったのではないかと思う。しかし説明がないと物語として成り立たないのだろう(笑)。


 社会的にもリアリティがあって現実の延長線上にありうる未来といった感じだ。敵対するでもなく人類の感傷を押し付けるでもないエイリアン像が良かった。スケール感はそれなりに大きいのだが、もっと大きいものがたくさんあるので、あまり感じられなかった。主人公の白石亜紀がどうしても男性から見た女性像という印象が拭えないのが少し残念だ。



2002年12月25日(水)
■『スピリット・リング』 ★★★★★

著者:ロイス・マクマスター・ビジョルド  出版:東京創元社  [FT]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
内に秘めた魔法の力は本物でも、しょせんフィアメッタは女の子だった。父親はモンテフォーリア公に金細工師として仕える大魔術師。娘が魔術の道に進むことも許さなければ、父親を信頼しろというだけで嫁にもだしてくれない。あの日、宴の席で君主がロジモ公に討たれるまでは。振り上げられた拳には“死霊の指輪(スピリット・リング)”が怪しく光り、櫃からは塩漬けの嬰児の死体が転がる…。とっさにロジモ公の術を断ち切った父も、やがて病に息絶えた。“指輪”に父の霊を封じこめんとする異国の領主を、阻止できるのはフィアメッタだけ!ルネサンスのイタリアを舞台に、ビジョルドが贈る初のファンタジイ。

【内容と感想】
 マイルズシリーズで活躍中のビジョルド作のファンタジイ。魔術師を父に持つ少女フィアメッタが、父の魂を利用しようとする闇の魔術師と戦うお話。


 舞台は中世ルネッサンス時代のイタリアのモンテフォーリア領。モンテフォーリア公のお抱え金属細工師ベネフォルテは公認の魔術師でもあった。芸術家としての腕前も認めてもらいたいと願うベネフォルテは、近衛隊長のウーリをモデルにプロメテウスのブロンズ像を、3年かけて作り上げようとしていた。

 娘のフィアメッタは父の後を継いで魔術師となりたいと願っていたが、女性だからという理由でこばまれていた。それでも自分で作った指輪に密かに術をかけてみるフィアメッタ。

 ある日モンテフォーリア公が殺害された。殺害者のロジモ公により、モンテフォーリアは制圧されてしまう。騒ぎのさなかロジモ公の持っていたスピリット・リングに閉じ込められていた死者の魂を、ベネフォルテは無効化してしまう。

 追っ手に追われ、逃げるフィアメッタとベネフォルテ。しかしベネフォルテは病で亡くなってしまった。ロジモ公は無効化されたスピリット・リングの代用品として、大魔術師だったベネフォルテの魂を利用しようと遺体を運び去る。


 父の魂を救うため、フィアメッタは戦う。最初は文句を言うばかりで、人に頼り、自分の意見も主張できずにいた。この時代、女子供は一人前の扱いをしてもらえないのだ。

 しかしこのままではいつまでたっても埒があかないと悟る。覚悟を決め、自ら戦うために出発する。自分の経験で積み上げてきた施術の技術と能力を信じ、迷いや甘えを捨てた彼女は凛として美しい。女性作家の描く自立した女性像は読んでいて気持がいい。


 杖と呪文ひとつで気軽にかけられるハリー・ポッターの世界の魔法に比べると、こちらの世界の魔法は大仕掛けで難しい。だが社会に公然と認められていて、職業のひとつとして扱われている。ギルドで認可され、徒弟制度で技術を学ぶものなのだ。ファンタジイの形態をとっているが、本質は、女性が自分の力で社会に進出して自立するお話なのである。



2002年12月18日(水)
■『デイヴィー 荒野の旅』 ★★★★★

著者:エドガー・パンクボーン  出版:扶桑社  [SF]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
核戦争による崩壊から300年。小国家が乱立し、強い宗教支配のもとにあるアメリカ東海岸。娼家に生まれたデイヴィーは、9歳にして町の居酒屋に引き取られる。かくて数奇な少年時代がはじまった―居酒屋の娘への恋。禁断の存在“ミュー”との接触。音楽との出会いと歓び。性の目覚め。殺人。逃亡。戦争…成人したデイヴィーが回想して記していく、驚くべき遍歴の記録。
発表当時から絶賛を浴び、いまなおオールタイム・ベストにもあげられる名編。異世界を旅する少年の成長を描き、SF版『ハックルベリー・フィン』『トム・ジョーンズ』とも称される、国際幻想文学賞受賞作家パンクボーンの代表作、待望の邦訳!

【内容と感想】
 本を買う時、選ぶ基準はいくつかある。作者で買う場合が一番多いが、未知の作者の場合、あらすじやあとがき、タイトル、装丁、ざっと目を通した雰囲気などを参考にする。この作品の場合は訳者のあとがきが購入のきっかけだった。訳者は若い頃、この作品を翻訳しかけたそうだ。しかし翻訳が完成する前に出版社の方針が変更となったため、本としての発売がかなわなかったそうだ。途中まで訳された状態のまま長い間眠っていたこの作品は、今回縁があって出版され、日の目をあびることとなった。あとがきには彼の長年の思いがつまっていて、それ自体もひとつの物語となっていた。読んでいると積み重なったその思いが伝わって来るようだ。


 物語の舞台は現代から300年後の未来。ニューインやコニカットなどと地名は少し変わっているが、アメリカの州が独立国家として乱立しているようである。文明や技術は大幅に廃れ、多くの人々は文盲だ。支配力の強い宗教が、他の宗教はもちろん、過去の歴史や知識を禁じている。

 交通手段も徒歩や人力しかなく、荒野には危険な野生の動物が多く徘徊している。奇形児も頻繁に生まれていて、ミューと呼ばれて忌み嫌われ、見つけ次第殺さなければならない。過去にどういった経緯があったのかあまりふれられていないが、放射能で土地は汚染され、中世時代のような生活を人々はおくっているようだ。


 物語は主人公デイヴィーが書き記した本という設定になっている。人類が隆盛を誇っていた時代(つまり現代)の文字を使って当時の人々にあてて書き記したという設定のようだ。デイヴィーの妻ニッキーはニューインの摂政を務めていたディオンの姪にあたり、デイヴィーもディオンを手伝っていたようだ。しかし革命を起こされディオンは敗退し、新天地を求めて出帆したようだ。デイヴィーは航海中の船上でこれを書いている。

 子供の頃の思い出や自分の行動の転機となった過去の出来事を書き記すデイヴィーの傍ら、ディオンとニッキーが茶々を入れ、それが注釈として本のあちこちに入っている。執筆中の現在と過去を行きつ戻りつしながら、話題も気の向くままあちこち奔放に飛んでいて、まるで自由気ままなデイヴィーの旅そのもののような書き方である。

 デイヴィーは娼婦の子供であったため、国属下僕として育った。彼の子供の頃の出来事に始まって、ミューとの遭遇や旧時代の金色に輝くホルンを手に入れたこと、成り行きで身分をごまかして旅に出る羽目になったことなどが語られている。サムと出会い、旅芸人一座に加わり、革命の一員に加わるまでの彼の人生がつづられている。


 これといった華々しい事件やSF的なしかけが特にあるわけではない。しかしじっくりと書き上げられた趣があり、豊かな人間味を感じさる。けっしてへこたれず、ユーモアを忘れず、知性に火をともそうとする主人公デイヴィーの個性や、下ネタ満載ながら洞察的な語り口がとても魅力的である。

 
おれはデイヴィー。一時、王位にあった。〈万愚の王〉。こいつには知恵がいる。
という書き出しもなかなか良く、小説としての質が高い。



2002年12月01日(日)
■『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(上・下) ★★★★★

著者:J・K・ローリング  出版:静山社  [FT]  bk1

【あらすじ】
(上巻カバー折り返しより)
 魔法界のサッカー、クィデッチのワールドカップが行なわれる。ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起きる。そして、百年ぶりに開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモートが仕掛けた罠は、ハリーを絶体絶命の危機に陥れる。しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけぬ異変が…。

(下巻カバー折り返しより)
 クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいが、ハリーやロンにとっては苦痛でしかなかった。ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。そしてハグリッドにもパートナーが?三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交う。しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊する。ほんとうに怪しいのはだれか?難題を次々とクリアするハリーだが、最後の試練には痛々しい死が…。

【内容と感想】
 映画化されたことで人気に拍車がかかり、いまや売れまくっているハリー・ポッターシリーズ。4巻目にあたる『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』は映画放映後に初めて訳された巻だったこともあり、店頭に大量に並ぶこととなった。上下2冊のセット売りのみだったが、それでもかなり売れたようだ。確かに同じ作品だから上下セットで購入してもらいたいという出版社側の思惑は分かるものの、2冊を同時に買うのは重いし、セット以外の選択肢がないのはどうかと思う。


 ハリー・ポッターは魔法使いである。孤児としてマグル(人間)の親戚のバーノン一家に引き取られ、一家から意地悪な扱いを受けながら暮らしていた。11歳になった時、魔法学校ホグワーツから入学案内が届き、ハリーは自分が魔法使いであることを知らされた。今まで人間の世界のみで育てられてきたハリーは魔法の世界のことを何も知らなかった。しかしハリーは魔法界では実はちょっとした有名人だった。というのもハリーがまだ赤ん坊だった頃、多くの魔法使い達を恐怖に陥れた最強の闇の魔法使いヴォルデモートに命を狙われたにも関わらず、生きのびたからである。 ヴォルデモートはハリーの両親がハリーを護るためにかけた魔法に滅ぼされ、魔法界には平和が訪れた。けれどもその時の戦いでハリーの両親は命を落とし、ハリーの額には稲妻型の傷痕が残ったのだった。

 孤児で、何の変哲もなく、いじめられていた少年が、ある日いきなり有名人となり、ねたみや嫌がらせを受け賞賛をあびる。また危険な戦いに巻き込まれ、親友や信頼できる人々の助けを借りながら勇敢に戦い、両親の死の謎に迫る。ハリー・ポッターシリーズはそんな物語である。

 このシリーズは、1巻につき1年が経過する構成となっている。夏休みにバーノン家でひどい扱いを受けることから始まり、ホグワーツでの1年間の事件や授業の様子や学生生活が描かれ、再び夏休みにバーノン家の元へ帰っていくのである。魔法の世界の奇妙な日常生活がそこでは繰り広げられる。また再び活動し始めつつある闇の魔法使い達の企てに、ハリーは運命に導かれるようにして次第に巻き込まれてゆく。


 4巻目にあたる『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』では、冒頭で不吉な事件が起こる。ハリーは恐ろしい夢を見、額の傷痕の痛みで目が覚めた。ハリーは14歳になっていた。ホグワーツ校に通い始めて4年目である。この年は、魔法のほうきを使ったスポーツ、クィデッチのワールドカップがハリーの住むイギリスで行われ、ハリーは親友のロンの家族に連れられて観戦に行く。そこでヴォルデモートの闇の印が空に描かれる事件が起こった。

 ホグワーツ校ではその年、一大イベントが計画されていた。楽しいイベントとなるはずだったのだが、密かに復活しつつある闇の企みにより、ハリーはそのイベントに年齢制限の枠を超えて参加するはめになった。おかげで注目の的となったハリーは、絶え間ない注目だけでなく、ねたみや嫌がらせも受けることになる。

 その上イベントは危険で、ハリーは様々な難題にぶつかっていく。彼をイベントに引っ張り出した張本人は誰で、何のためにそうしたか分からないままである。また学校の外の魔法省の周辺でもきな臭い事件が発生し、何かがたくまれている気配がしている。また、あることないこと書き立てる新聞記者の記事に皆悩まされる。

 ハリーは難関を越えようと頑張っていくが、持ち前の正義感や優しさのため、他人を放っておけない。対立していた人達もハリーのその態度に次第に協力者へと変わって行く。色々な人に助けられつつ課題をこなしていくハリーだったが、思いもかけない罠にはまり、危険の真っただ中へと引きずり込まれるのだった。


 この巻は今までよりずっと長編となっていて、ハリーの身に迫る危険も今まで以上に危ないものとなっている。生死をかけた対決の場面は迫力があり、面白い。また最後まで闇の陣営の協力者が誰だかわからず、読みごたえがある。

 作者は伏線の張り方が巧妙で、1〜3巻で出てきたことがうまくこの巻で生きてきている。今回はハグリッドやルームメイトのネヴィル、いじめっ子のマルフォイ達のことが少しずつ明かされていて、興味深い。また、冒頭の10数年前の事件でハリーに似た少年が目撃されているが、今回の話ではその伏線が完結していない。今後の巻で明らかになるかと楽しみである。2001年のヒューゴー賞を受賞。


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