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2002年11月19日(火)
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2002年11月14日(木)
■『イリーガル・エイリアン』 ★★★★★

著者:ロバート・J・ソウヤー  出版:早川書房  [SF][MY]  bk1

【あらすじ】(カバーより)
人類は初めてエイリアンと遭遇した。4光年あまり彼方のアルファケンタウリに住むトソク族が地球に飛来したのである。ファーストコンタクトは順調に進むが、思いもよらぬ事件が起きた。トソク族の滞在する施設で、地球人の惨殺死体が発見されたのだ。片足を切断し、胴体を切り裂き、死体の一部を持ち去るという残虐な手口だった。しかも、逮捕された容疑者はエイリアン…世界が注目するなか、前代未聞の裁判が始まる!

【内容と感想】
 ロバート・J・ソウヤーの作品は面白い。初めて邦訳されたのは『ゴールデン・フリース』だったが、遠く地球を離れた宇宙船上での殺人事件を取り扱った作品で非常に面白かった。

 何と言ってもラストのどんでん返しが素晴らしい。またSF的なアイデアや目のつけどころが鋭く、唸らされる。しかもそれが核となるアイデアではなくちょっとしたエピソードでさらりと出て来るだけというあたりに、発想の豊富さを感じさせられる。

 例えば光速の宇宙船の中でアラーに祈りを捧げる時、どのくらいの頻度で祈るべきかとという問題が出ていた。敬虔なイスラム信者はそれを計算した結果、祈りに時間を取られ過ぎて生活を送れなくなるという結論を出して宇宙飛行士をあきらめた。こういった小ネタもなかなか面白くて、以来この人の作品はすべて買うことにしている。


 今回の作品もなかなかよくできていて面白かった。地球に一番近い恒星アルファケンタウリからエイリアンがやって来る。故障した宇宙船を修理してほしいと、トソク族というエイリアンと地球人との交流が始まった。しかし一人の人間が殺され、容疑者としてトソク族の一人が逮捕された。エイリアンを被告に裁判が繰り広げられ、法廷ミステリーとしても楽しめるものとなっている。

 こういう設定は下手をするとコケかねないが、ソウヤーの場合はその心配がない。SF的にもしっかりした設定で、それが事件の謎を解く重要な鍵となっているなど良くできている。また陪審相手にトソク族の生態などが明かされていくので、SFに馴染みのない人でも読みやすい。

 推理小説としても意外なラストが用意してあり驚かされる。次第に明らかになっていく事件の内容やその明かし方もうまいものである。きちんと張られた伏線がきちんと終結しているので安定感がある。

 またマニア向けにSF好きな人が思わずにやりとするネタが豊富に揃っている。スタートレックネタは頻繁に出てくるし、殺人事件がおきた時の講演会の講師がスティーブン・グールド(SF作家)だったり、エイリアンを招いたレセプションにスピルバーグ(映画監督)が出てきたりとサービス満点である。陪審を選ぶにあたっても、「ミスタースポックの父親の名前は?」などの質問がある。


 アメリカの陪審制度はそれに慣れていない日本人から見ると奇妙に思われるのだが、この作品では滑稽な点は茶化しながら、けれどもどう判断するのが一番妥当なのかを陪審達がきちんと考慮していて好感が持てる。

 私はジョン・グリシャム作の法廷ミステリーを一時期読みまくったのだが、弁護士という職業の嫌らしさが全面に出ていて閉口し、読まなくなってしまった。グリシャムは元々弁護士で、転向して作者になり、出す作品が次々映画化されて売れまくった。たぶん作者自身がこの業界に閉口していたせいだろう。代表作に『法律事務所』『ペリカン文書』『依頼人』などがある。

 しかしこの作品での裁判は、何が懸命かを冷静に判断している。またラストで思いがけない方向に話は進んでいくのだが、闇雲に報復するのではなく、正しく裁くということが、そこでも冷静に考えられている。その辺のバランスがとてもまともで、作者の考え方を反映しているように思う。

 エンターテイメントに富みながら、かといって軽すぎもせず、押さえるべきところは押さえた、よくできている法廷ミステリーSFである。



2002年11月13日(水)
■『クリプトノミコン』(1〜4) ★★★★☆

著者:ニール・スティーヴンスン  出版:早川書房  [EX]
『クリプトノミコン1−チューリング』bk1
『クリプトノミコン2−エニグマ』bk1
『クリプトノミコン3−アレトゥサ』bk1
『クリプトノミコン4−データヘブン』bk1
【内容と感想】
 1巻のカバーには冒険SFと書かれていたが、最後まで読んでみてもSFではない。暗号をテーマとした4巻にのぼる長編フィクションである。

 物語の構成は第二次世界大戦中のパートと現代のパートが並行して進むあまり見かけない構成となっている。両パートとも暗号をテーマに展開されているのだが、次第に両者が一つの出来事で結ばれていく。暗号に護られた大きな謎が次第に明らかになってゆく。また登場人物の関係も時を超えて次第に結びついてゆく。


 様々な暗号がここでは紹介されている。

 数字をアルファベットに割り振った暗号(インディゴ暗号)、ローター機械を使った暗号(エニグマ暗号・シャーク暗号)、乱数を使い捨てにする暗号(ワンタイムパッド暗号)。中でも難攻不落で終戦後にようやく解読されたアレトゥサ暗号が、現代まで続く重要な役割を果たしている(もっともこれは架空のもののようだが)。

 現代パートでは、公開鍵と秘密鍵をペアで使用する暗号が使われていて、それを生成するオルドという架空のソフトウェアが登場している。ハードディスクの内容を消去するハッカー行為や、CRTモニターの電磁波を傍受することでモニターに表示された画面を別のモニターに映し出すバン・エック傍受というスパイ方法なども登場してくる。またやりとりしていることを悟られないようにとトランプを使った暗号なども出てくる。


 コンピュータと暗号は、この作品を読んでみると実は意外と密接に関わりがある。そもそも暗号自体が数学に深く関わっている。文字を数字に置き換え、それに乱数を足したり引いたりし、さらに再度文字に置き換えたりするのだ。また、暗号のキーワードとなる乱数の発生装置として関数が使われたりもするようだ。暗号解読にも文字の出現頻度を分析して推測するなどの統計や計算が欠かせないようである。

 大戦中のパートの主役となるローレンスは数学を得意とすることから暗号の仕事に深く関わっていったが、戦争が終わりに近付いた頃にはついにコンピュータを発明してしまうのである。ちなみにコンピュータ理論の元を作ったチューリングは、ローレンスの友人という設定となっている。

 一方現代のパートはコンピュータ関連のベンチャー企業の活動が中心となっている。彼らはデータヘブン(避難地)を作ろうとしていたが、市場ニーズによりネットバンクの設立へと変化していく。海底ケーブルの敷設のために海底を探査していたが、金塊を載せたUボートを発見したことで会社の乗っ取りを仕掛けられ、訴訟に巻き込まれる。

 理不尽な会社乗っ取りや埋蔵された金塊を狙うグループから身を護るために、さまざまな方法で敵の裏をかくやり方が披露される。バン・エック傍受でハッキングされながらの暗号解読作業はなかなか読みごたえがあった。コンピュータやプログラミングに詳しい人は興味を持って読めると思う。もちろん冒険小説としても波乱に飛んでいて面白い。


 テーマはあくまでも暗号なのだが、作者の最も大きな主張がホロコースト(大量虐殺)の阻止にあり、現代の主人公たちの設立する会社の真の目的もそれを目指している。古代から現代まで破壊、戦い、暴力を好む人物はいるもので、それに知識とテクノロジーで対抗しなければならないというのが作者の主張である。ギリシャ神話のアレスとアテナにそれぞれあてはめてそれを解説しているのだが、神話の神々やストーリーは人間の様々な性格のステレオタイプだとして解釈してあり面白かった。

 文章表現が軽妙で、はったりが効いてユーモラスな上少しオタクが入っているので真面目な印象は受けないのだが、よく調べて書き込まれている上に真面目なことをとても真面目に言っていて、しっかり思想を持って書き込まれた作品である。


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