仕事も対人関係も結婚も失敗と呼ばれることから、学びを得ているかどうか それが大切なんじゃないかと思う
私は結婚せずにここまで生きてきた でも、世に言うバツイチの人と付き合って感じた事があった 色々あったとは思うけど、相手だけが一方的に悪いはずはない 自分の反省点はどこか、それを得てどう改善していこうと覚悟しているのか それを整理した上で活動している人って、いったいどれくらいいるんだろう
自分が生きてきたこれまでの軌跡を、節目には振り返ってくれているとありがたいと思う そこから着手しなければならないのは、私にはちょっと過酷すぎる
過去は今の私を作るかけら
「あかん。もう死ななあかん。」 圧迫骨折後、腰痛と膝痛を持つ老婦人 中重度のアルツハイマー型認知症
今自分がどこにいるのか 今は何年の何月何日なのか どうして自分がここにいるのか 私は何歳なのか
わけのわからない不安 辛い でも自分の置かれた環境をわからんなりに理解しようと戦っている 言い聞かせている 悔し涙を飲んで
非力さに涙するのはやれる事をやってから かわいそうとは思わない そんな上から見れるほど私は立派じゃない だけどとても切ない
看護師の仕事と言えば、入院したり受診した経験があるなら多少は想像がつくだろうと思う
勤務先によって業務内容は多岐に渡る 法律では、診療の補助と療養上の世話という事になっている
まだ看護師の卵だった学生時代、在宅看護論の授業で見た映画
吉行和子が認知症になるお姑の役柄のものだった 「家族の孤独より一人の孤独のほうがまし」と老婦人は口にする 丁度この映画を観た頃、祖母が入院し軽度認知症と診断がくだった頃だった よちよち歩きのころからよく祖母に預けられていた私は「どちらさんですか」と笑顔で私に言った祖母を見てショックを受けた 強く、誇り人と仰ぎ見ていた存在が、自分の願わない姿になっていく。 誰のせいでもないその変化を受け入れていけるだろうか。 そんな事を泣きながら考えていた 覚悟と思いやりと病気がさせている事だと思える客観的な自分の心構えが必要だった。
そんな映画内での家族の関係性の変化を見ていたら頭に浮かんだこと
家族とは人が2人以上居てできるもの 人という字は2画で人は一人では生きて行けず支えあって生くもの 互いに良くも悪くも影響を与えあいそして 血という遺伝子の繋がりのみならず、共有した時間や経験や思いやりあう心によっての繋がりも含まれる 家族とは大海に漕ぎいでる一隻の舟の乗組員 たどりつく先が変る事もあれば、メンバーが変る事もある けれどその舟に乗っている間は共に役割を持ち、運命共同体である
ある日、なぜか寝付けずふとみた手紙 それは、1個人宛のラブレターだった どこかで見たような、懐かしさを感じる文章だった 熱量の違う、表現の違う けれどそれはまぎれもなく私に回顧心を呼び起こすものだった 宛先は私ではなかったし、盗み見してしまったという罪悪感もあったがなぜか心に焼き付いてしまった
20代のころ彼からもらった手紙と同じ だけど、彼からもらったもののほうが熱量があった 彼は、人間愛にあふれた人だった 無責任な事を軽々しく言ったりしない 必要な時にはたとえ自分が煮え湯を飲んでも悪者になれる そういう本当の誠実さを持った人だった
看護留学をした時同じだった29歳の友人から電話 いつも転換期に居て、悩んでいる時に怒涛のように電話をしてくる ま、人の事は言えない 起こった事態が自分の手に負えない時、心の振れ幅がマックスまでいく 軽いパニック状態になる だからそれをどうにかしようとする でも、どうしていいかわからない とにかくそういう思考を整理しようと思う 整理するために人に話を聞いてもらう それに適した相手を瞬時に選別する そしてそういう時たいてい頭に浮かぶのが私、という訳らしい
まぁね、、 色々経験だけはしてますから 参考になるかは別として
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