THOKOの日々

2008年12月23日(火)

時々ときめく
でも、それは長続きしない
気持ちの温度差があって、当然ずれるものなのに
そのずれでさめてしまう
押しすぎても引きすぎてもだめで
勢いづくとすぐ飽きてしまうし
そんな困ったちゃんに恋し続けさせる事ができたたった一人のひと

あの人に何を求めていたのだろう

今となってはもうわからないけれど
誰にも恋することはできなくなってしまったのかもしれない



2008年12月14日(日) 好きな自分

都会にいる時は、疲れて田舎がいいと思って
田舎にいると都会がいいと思って
結局、
好きな自分でいられないことがしんどいだけで環境のせいにしたいだけ
今の自分を肯定したいけど、材料がみあたらなくてさらにおいうち
仕事は待ってくれないし、時間におわれてただ時間だけがすぎてくようで
怒られて人の顔色伺って気疲れするだけの毎日
こんなはずじゃなかったってたびたび思う
じゃあどんなはずだったのか

ちょっと考えよう



2008年12月13日(土) 神様

色々物が増えるたびに、心が重くなる
自分の後始末はできた
後は家族のふんぎりがつくのを祈るだけ

おだやかに笑顔でそう述べた
その人は家族より先に命の限りを悟った
そして早く死にたいんだと口にした
家族はそれを聞いて激怒する

人それぞれ
立場それぞれ
思いそれぞれ

家族は神様だよと、眠りにつく前に涙を一筋流してそう口にした

男性を泣かせてしまいました



2008年12月08日(月) 仮病という名の病

おそらくは、今後同じ手術はしないだろう
主治医がそう口にした
大きな手術だった
そこまで切除して今後退院できるのか、と病棟内がざわめいたほど
当然他の病院に断られ続けてこの病院にたどりついた人だった

疾患上厳密な血糖コントロールが必要となり、そして食事摂取方法や量についても厳密な管理が必要となった

それを欠けば、、、退院後も生命に関わるだろう

意識レベルが低下して緊急入院してきた
前回入院中も、伴侶の面会は2回程度(しかも3分ほど)しかなく退院しても家族の協力を得るのは困難だと安易に予想できた
結局その希薄な家族関係が今回の緊急事態を生んだのだ
もっと早く発見していれば、家族関係がもう少しでも思いやりのあるものならばここまでの自体には陥る事はなかっただろう
今回緊急入院時についても、家族はついてはきたがすぐ帰ってしまった
「仕事はいいから付き添うように」そう促せることのできる人が家族にはいないのだろう
例えば患者の親、兄妹。
全ては経済的な事がからんでくるようにも思えてならない
伴侶は、こう口にして返った
やくにたたないなら入院してろ、と。
意識不明の患者はこの言葉をきっと耳にしただろう。
意識不明は、何もわからないのとは違う。
毎日この言葉を感じるほどの扱いを、この患者は受けてきた事だろう
医師のきめ細かい治療と徹夜の経過観察、看護師たちの綿密な観察とケアが続き、緊急事態は脱した
それなのに、患者は目をさまさない
意識不明の場合の反応から意識ある反応へ変化している
医師は、意識は戻っているけれど今のままのほうが本人にとっては幸せなんでしょうね、と口にした
食事は輸液と、腸内への投与、排泄はオムツ
家族は誰かしら見舞いにきて必死な形相で声をかけて心配している

仮病になったと口にした人もいたが、それも立派な病気
ただ、それを治すことができるのは悔しいが私たちではないのだ


 < 過去  INDEX  未来 >


THOKO