| 2009年01月21日(水) |
泣くことができたなら |
紅が風にゆれ、金がネオンに反射して、碧が影をさす
心が静寂に包まれた 3年がんばってこれたのは、 あなたの想いを信じていたからだった
私にはわかる 会わなくても、連絡がなくても体が感じる あなたの変化を それほどに私はあなたの一部になっていた
ある日あなたは私を思い出すだろうか そんな日がいつか来るだろうか 私にあなたから解放される日が来るのだろうか それはいつ
春に入職してから20人以上他界するのを看る中で必ず当てはまっている 積極的治療をしないと今後の治療方針を決定した後、見られる事象がある 病室に物が増えていくことだ まるで家族の心の動揺と比例するかのように 口から物を食べる事ができなくなっても、家族は何か食べられるものはないか模索し持参する 面会が終わった後、食べなきゃ心配すると義務感にかられた患者は無理に食べ嘔吐、呼吸困難、場合によっては肺炎をおこす。残りの時間が感じられるから、できる事を模索する家族と答えようとする患者 苦痛が少ない範囲で過ごしてもらえるように関わっていけたらいいけど、、まぁ医療者だけがいくら思っても無駄なんだけど
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