一週間ほど心が遠のいていた ふと頭にぴんとくる感覚があって そうすると電話があった つながってるんだね 目に見える線などなくても ほんのちょっと昔にひきずり戻されそうになったけれど やっぱり昔には戻れない
君に時間が流れてきたように 私にも平等に時間はあった
過去の自分にけじめをつけた あるところまでは そしてそれから先はまだだ いつかしめれる日が来るのか それもわからないけど あのCDを捨てれる日が遠くないうちに来る事を願う いつまでも心に残るこの気持ちを一掃したいけれど 一掃すべきならばしかるべく時にそういう引き合わせがあるのだろう
君の目はいつも感じていた こちらを見ていなくてもずっと意識していた 会うたびに綺麗になったなと言われるのが支えにもなっていた いつしかその言葉を口にしなくなった時 心から好きな人ができたんだなと思った それでもなんだか祝える気持ちだった
ずっとずっと決して切れない縁を続けてくれてありがとう これから歩む道をみつけてそれでもいつでも来ていいと思いやりの言葉をありがとう いろんな出会いもあっていろんな恋もして いろんな友達もできていろんな経験もして 10年以上続けてこれたのはすべて君のおかげ 君の静かな思いやりのおかげ 今更な甘えを口にした私をさりげなく諭す言葉をかけてもくれた
君と知り合い、そして今でもこれからも形を変えながら続いていくであろうこの関係 君に深く感謝しそして君と君の大事な人の幸せを心から祈る
頑張ってた話を聞くと辛くなるってなんででしょうか。 ボロボロになりながらやってたのは私の勝手だし 期待にこたえられなくても答えたいと思ってやってた事だし 立派な人間じゃないので別になんで私がとかいう意味のないプライドなんてなかったし しんどい時はそりゃなんで私なのよーって愚痴ってみても ばかにされたような怒りではなかったし そんな事よりどうやっていけば皆よくなれるかなと思ってたし
こういうのが視点が変わるよっていわれるやつなのかもしれない
ここのタイトルをエッセーにしたのは毎日書く自信がなかったから。 仕事で縛り付けられてしんどかったから他の事で約束事を作るのがしんどかった。
君の事とてもとても好きだった 短い髪が好きと聞いたら即日切って Gパンが好きと聞けばGパン買ってそればっかりはいて 白いTシャツの似合う子がいいと聞けば白いTシャツを着て 前髪は上げてるほうがいいとか聞くと似合わなくても前髪あげて ポニーテールがいいと聞けば早く髪が伸びるシャンプー探して買ってきてポニーテールにしてみたり 好かれたくて必死だった けなげと思う人もいるだろうけどきつく言えば自分がないという事なのかもしれない 自分がなかった 自分に自信もなかった コンプレックスの塊だった
君の一言で過去の自分が報われた 素直に感謝しようと思う
模試の結果が出た 予想してたよりは10点ほど多く取れていたけれど最後の滑り止めさえもボーダーレベルである。勉強を始めてもうじき二ヶ月。成果は出てるのかもしれないがやはり焦りはある。
親友の妹が結婚するらしい 色々あったので他人ながらとても嬉しい気分になった そうかぁあの子が結婚すんのかー。 と感慨深い。純粋で一生懸命で素直でまっすぐでちょっと少ない人種で周りはその純粋さを心配していたのだが、素敵な人に出会えたようでよかった。幸せを心から祈る
親友の結婚式でもなぜか式終了後に家族控え室に居た私 家族で久々にご飯食べるねんというその場にもなぜか居た私 なんでいつもまじってるねんやろうと笑えるが なぜか加わっているのだ 付き合いも長いので混じってても違和感もなく、 むしろもうひとつ家族がいるような感じでもある ありがたいことだ
それは傷を負わせた償いの心でしょう あなたのいう「好き」は「ごめんね」に聞こえる もう謝らなくていいんだよ 恨んでなんていないよ 卑屈にももうさよならしたよ 償いの愛はいらない 私は自分をかわいそうだとは思っていないから あなたはあなたの道を行けばいいよ 哀れまれるほどおちぶれちゃいないさ 惨めな自分でいたくなかったから 頑張って突っ張って歩いてきたよ その分得たものも多いよ そうやって成長してきたつもりだよ 人様から見ればどうだか知らないけどね
空が不機嫌な日々である 笑ってみたり すねてみたり 泣いてみたり 忙しそうだ
きついきついメールを書いた 何度も読み返して重苦しい気分で送信ボタンを押した きつい事を書くこの心中を汲み取って役立ててもらえる事を祈りつつ 受け取る側も読んでいてしんどいと思う 出す側も前向きに内容を把握して前を向いてもらえたらと願う
理解しあうには手段が必要でそれが言葉であったり 態度を覗ける共有できる時間であったりする 手段を使わずに突然理解は無理難題というものだ
ありがたいことに受信者は私の意図をよく汲み取ってくれてそして心ゆくまで謝りの言葉を並べてくれた。 私は10年ぶりに気持ちが軽くなり、快く許せる気持ちになれた また一歩踏み出せたことを受信者に深く感謝する
台風が頭上を通過していった 添え木が風に揺れて色が赤く染まるのを待つだけのトマトが揺さぶられて倒れそうだった 第二号第三号のきゅうりもこの2、3日で食べれるだろう トマトは思いのほか赤くならない
台風は共にお伺いの手紙を連れてきた どうしたらいいの?と問うて来た それくらい自分で考えろ 自分を高めたければ苦悩して学んで成長していくしかない その数が多いだけ成長するチャンスがあるという事 悩むところまでいかないお伺いレベルで甘えてちゃだめだ 苦しんで苦しんでそういう姿勢が見えたら 少し抜けるための一言は用意してある 思い浮かぶことをかきなぐれるノートを一冊用意して誰かに話す前に 誰かに聞く前に自分で振り返ってみれば多少片付けて端的に話はできる せめてそこまでくらいは自力でいけ 能力はある 私も超えてきた道だ
現場のトップに面接に一応行ってくれとゆー事で行ってきた。 来月11日から出社する事に決まった。
会社経営をやってた同姓の友人と久々に話した。 彼女も今は経営を離れてバイト生活がイイと言っているのである。 責任がないっていいよねー! というのが合言葉に近い。 ないわけではないが、ナイに等しい程精神的に楽だという事なのだ。 いくら金があったとて、あの膨大なストレスとのバランスをとる事を考えれば強靭な精神力と肉体とそうしてそれを影で支えてくれる人でもいない限りかなりしんどいと思われる。
菜園できゅうりの第一号ができて収穫をした。 水洗いして生でかじったきゅうりはそれはそれはおいしくて、 次が楽しみである。
東京在住時にはなぜだか周りにB型が多かったが、私はB型は苦手である。 血液型だけで判断するのもどうかとは思うが、どうも苦手意識をもつ相手はB型が多い。 話をしていても聞き役に回らねばならない事が多く、疲れるからという理由からかもしれない。まぁそういう理由で縁を切ったB型の人も居た。 地元に帰って電話番号さえ変えてしまえばもうとっつかまる事もない。 相手は友達だと思ってくれていたようだが、私にそのような認識はなかった。 一人でご飯食べれないの。 と平気で口にするのには飽きれた。 子供じゃないんだからご飯くらい一人で食べなさい。 相手によるが、一人よりも誰かと食べたほうがおいしいと思えるのは私も同感だけど、甘えん坊も困り者だ。年も上なんだからしっかりしろよと思う。 彼女が×2の理由がよくわかる。 しかし、私は性格が悪いので指摘はしないでおいた。 親切に直したほうがいい部分を指摘してあげる必要もないと判断したからである。 攻撃的になって怒り出すであろう事は予測がつく。 プライドも高いのだ。 指摘される事は繊細な人にはきつい事だが素直にそれを聞き入れて改善していったほうがより謙虚で魅力的な人間になれるはずだと私は思う。
東京在住時取引先だった人が癌なのだと知らせが入った。 売上ランキングで行くとさして上位ではない相手だったが、 人柄を非常に尊敬している人だ。 母と同じ年なのもあって父親のようにもどこか思ってた。 鼻筋の通った顔立ちで最後にお会いした時もかっこよかったので、 お若い頃は相当もてたと思われる。 亡き代表の納骨を明日に控え死というものを考えさせられる時間だ。 死が身近に迫った人は皆君のところに救いを求めていくねと知らせてくれた人が口にした。 癌であるその人は私には癌であるとは今現在は言わない。 何ができるのかと自問自答した結果、 日々の出来事を語り合う以外に何もできはしない事がわかった。 距離がある上私自身も目指すものがあるからである。 莫大なお金ともてあます時間があれば飛んでいってもかまわないが現状そうはいかないのだ。差し迫ったならばそれでも飛んでいくかもしれない。 何もかも抱え込んで癌である事を家族にも言えないその人に、 私は一度でも多く笑って時間を過ごして欲しいと願うからである。
人の悲しみや苦しみをなぜか子供のときから察知してしまう私はなんなんだろうと思うけれど、結局それが私なのだろう。 なぜ他人にそこまで入れ込むのかと亡父は不思議に思っていたようだが、感謝されたいという思いからではなく自分は精一杯やったという満足が欲しいだけなのかもしれない。ようはモトを正せば自己満足なのだ。また、意志を貫き通した人の幕引きに崇高なものを感じるからそれに触れたいという思いが強いのかもしれない。 感謝されたいなどと思うのは人に期待をしているという事で、それが思ったように感謝されなければ頭にきたりする。色んな人に出会ってきたけど人に感謝を期待してはずれ、相手を責める様な事を愚痴る人が多い。そういうのはみっともないと私は思うのだ。自己責任というやつなのだろうか。
イラクで誘拐された日本人。 家族が返してくださいなどとマスコミに訴えていたけど、 私は飽きれた。 危険な地域に勝手に行くのだから、命の保障などなくて当然である。 本人の意志を尊重したのならとっつかまろうが現地で死んでしまおうがグダグダ抜かすなとおもった。ご迷惑ご心配おかけして申し訳ありませんというべきであって泣いてなんとかしてくれはないだろう。 行く人も行く人だ。 家族の説得もせずに行ったのかと思うと幼稚すぎてため息が出る。 あの費用はいったいどこから捻出されるのか。 全く税金返せってな感じだ。 批判の声が出たらしいが至極当然だと私は思う。
何かしらの記念日というものは頭と体が覚えていて体調不良になったりと思わぬ事が起こるとは体感して気づいてはいた。 19年ぶりに激しくうちのめされ、理不尽さに悔し泣きをして過ごした夜明けだった。 ようやく寝たのは朝の10時。 起きたのは夕方4時だった。 それでも6時間は寝れた。 ため息まじりでタバコをくわえていると不在連絡表がひとつと玄関にでっかい胡蝶蘭が届いていた。 花は東京時の先輩からの激励と祝いのものだった。 メールでお礼を送るとあなたならできると信じていますと返信がきた。 瞼を閉じた。 打ちのめされている場合じゃなかった事を反省した。 もうひとつは彼からだった。 アルバムとお守りと手紙が入っていた。
己に勝つという言葉。 私の好きな言葉だ。 それを忘れかけていた事を思い出させてくれた。 親に感謝できる誕生日にする為締めくくりはケーキを食べて元気を出そうと思う。
| 2004年06月07日(月) |
しゃべりたかったダケ |
親友から電話がかかってきた タイミングよく着信中のイルミネーションに気づいたので取った 本当は携帯なぞもう持ちたくないので、充電器にさしたままで音も切って放置してあるまさに携帯しない携帯電話。かなり不評を買っている。着信に気づいてもぶっちゃけかけなおさない。よほどの用事なら再三かけてくるでしょくらいに思っている。持ちたくないものに金を支払うのはばからしいが、家の電話を使うと母がうるさいので仕方なく持っている。 親友からの電話が終わって?何の用事だったんだろうか?? とふと思っていると弟にしゃべりたかったダケなんちゃうの? といわれた。 そういう感覚をちょっと忘れているこのごろである。
励ましてくれる友人がいるという事は本当にありがたいことである
とうとう明日で31になってしまう。
間違い探しの本を買ってみたらなんだかハマって懸賞の本を買ってみたりして応募はがきを出すという事にはまっている。 前は仕事上なんだかしらもらいものが多くて、 そういうときってあんまりありがたみもないもんだから周りに配ってた。 そう思えば物には恵まれてたなーと思う。 でも、今はいちいち懸賞はがきなど書いている自分が楽しい。 あたるかなーあたらないかなーとか思ってる時間も楽しい。
国語を2時間半 数学を1時間 英語を1時間 と、お勉強をしつつ合間に料理を作りつつ合間に読書をしつつ合間に家庭菜園を育てつつ。 充実した日々を送っている
やらなきゃならないと決めた事を着実にこなしていくという至極当然の事を今 ようやくできている 相当汚かったキッチンも掃除してみた 来月からは仕事も始めるのでなんだか多忙になりそうな予感だが、 慣れればペースは作れると思われる 東京生活は本当につらい事が大きな割合を占めていたが、 忍耐や配分やペースというものは作られたようだ つちかったものを有意義に使っていこうと思える この気持ちを維持したい
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