考えることが多くてイロイロ大変。 そして今までそろえてなかったものにもメがイク。 欲しいものもいっぱい。 あー大変。
その時々で納得しながら生きていたと思う これでいいんだと言い聞かせても来た 後悔はしないと断言してもきた それが結果このザマかと己を己であざ笑う 情けない そして申し訳ないのだ まっすぐ進もうとするといつだってデカイ壁が目の前に立ちはだかる なんでだよ どうしてよ でも自業自得なんだ
愛される資格などやはりありはしないのだ
東京在住関西人のワタシはこちらへ来てから海外へ行くよしもなく、 なので成田へ行った事もなかった。 諸事情があり、お見送りに成田へ行った。 休日に借り出された不機嫌さはぬぐえないが、 出かけてしまえば開きなおるワタシ。 それはそれでおもしろかった。
しかし、グリーンでも車両が美しいとは言いがたい。。 と思いながらの小旅行でありました。
結構遠いぞヲイ。。。
4年越しの念願叶って今日はようやく門をくぐりました。 いくつになってもどきどきはらはらわくわくする事というのは よいもんですね、ハイ。 興奮しちゃいました。 全く片思いしている相手と会っているかのようなあのドキドキ感。 素敵です。 素敵すぎてやばい感じ。
ああ、ユウワクの夜へようこそ。
自分にはないものを当然のように持っているその姿が好きではない 努力をしないで持っていてそうしてそれを当然のように評価されて受け入れられているのがとても悔しい そして惨めな思いを味わう 苦笑いしながら黙っているしかない そういう気持ちを理解してくれる人だった そういう配慮をしてくれるのが思いやりだと思っていた でもそうでない人もたくさん存在する きっとそれが現実のフツウなのだろう
九州のほうで季節外れのソメイヨシノが咲いているそうな 世ではこれを狂い咲きというそうな 葉を落とした秋のソメイヨシノ こぶりながら綺麗であろうと思われる
| 2002年09月23日(月) |
小さな出来事 大きな決意 |
ずっとこのままなのかなとか 決めるのは自分自身だなとか これさえなんとかなれば決まる事なのになとか 理屈を並べ立てて 自分を責めているフリをして ずっとひきずっていた あれもこれもと欲張るのは悪い癖で そうしていたって何も埋まる事もないのに どこかで気付いていても流されていたように思う
何かが心の片隅でふっきれた
ばいばいと言おう過去のちーちゃな自分に 一歩を踏み出そうと決めた記念日
久しぶりの電話だった 睡眠を放り出して出かけたその時間は 今の私の荷物を少し軽くするヒントをくれたような気がした
ありがとう。 でも、大切な人には思いやりをあげてね。 思いやりは花にとっての水と同じだから。
忙しいと半泣きになっている割にはここを更新している事に改めて気付くのである。 なんだ、ヒマなんじゃん自分 なんて突っ込みをいれてみたりして。
なんか、疲れた。 とっても疲れた。 だからあなたに会いたかった。 そんな時だけと思うけど。 でも必要だった。 でもできないからさてどうしようかと思う。
穴埋め。 できるかな。 こういう時は気を散らすに限る。 余計な種をまかぬよう 悪い癖がでぬよう
そっと そっと
事故をして以来、色んな事が発覚したので乗車を見合わせていた。 というのも怖い事に保険にはいっていなかったのだ(汗) という事で、無事今日保険に入ったので再び乗っている。 親しくなった人との電話は苦痛ではないが、 あまり知らない人との電話は非常に苦手な私は保険会社に電話するのが 苦痛だったのであった。 という言い訳を並べ立てて時間がかかってしまった。
弟の車が心配だ。。
マンション購入の夢をみつつネットで色々と検索していたら発見! ディーゼル車についての記事を見つけた。。。 なんと。。。。来月から廃止に向けて動き出すらしいではないか(泣) ちなみにうちの愛車はまぎれもなく「ディーゼル車」である。 あと一回車検うけて18年には廃車なのである。。。 絶句! ちょっと寂しい。
でも、仕方ないかな。
起きたらもう夕方だった(泣)
すこぶる機嫌が悪い 顔についてくる髪を後ろにまとめあげ 半端な位置でうろつく前髪とも横髪ともつかぬ髪をピンで上にとめた 鏡で顔を見る「おそよう」 今日という日はどうやら一日雨だったのか しとしとと音が外でしていた 寝起きのタバコを一本噴いて 窓に吊るしてあるロールスクリーンをちらりと横にのけて外を見る どんよりしてるな 飾ってあるひまわりはそれでも上を向いて咲いている 炭苔にうわっている緑ちゃんも元気にぴんぴんしている 昨日贈物代に消えた金額はいくらか領収書を出して計算してみる
そして今日見た懐かしいともせつないとも言い切れない夢を 思い出す けだるく甘く後悔を生むような全くなまなましいものだった サイアクな日
彼女がどうやら入院したらしかった そして退院したらしい
理由は特には聞いていない しかし、それを知ってから毎日寝付きが悪かった 昔の私ならどこに入院してるの?! ねぇ大丈夫なの? と飛んで行った事だろう。 今の私は行かないし、言葉も特にはかけなかった。 かける言葉が見当たらなかったからだ。 その代わりとてもショックだった 何もできないなぁと思ったのだ
今の私にうなるほど金があったならば入院費だって出してきっとこういったろう 「とにかく万全になるまで入院してろ」 今の私に社会的地位があったならば仕事のしやすい環境を作りだし、自分のパートナーとしてともに仕事をしこういったろう 「給料も通常通り出るし、仕事も割り振りしておいたからゆっくり静養してくれ」 今の私に権力があったならばぞんざいに扱うことなど許さないと一言周囲に釘をさしておいたろう
そう。 何もできないのだ。 そこまで考えすぎなんじゃないのと人は言うだろう けれど、私が倒れた時に本当に何も心配しないで休んでいられるようにしてくれた人がいる その人はそのようにしてくれた 言葉こそ何もなかったが簡単にかけられる無責任な言葉より、 心底の優しさを教えてくれたのだ まさに身をもって
そういう人間になれたならいいけど一生そうして相手にできないのならば それはまた優しさでもないのかもしれないけれど 甘やかしなのかもしれないけれど その時私は自分の身を守りマイペースで周囲に心配をかけないでいる事が何よりのその人への恩返しだと思ったのだ 家族でさえ教えてくれなかった 「方法」だった
色んな人と付き合いを持っていると、 あんたって本当ドライよねって皮肉の一言も言いたくなるような人や あんたって人の心配ばっかりして自分の事なんもできてないやんねっていう人がいる。まぁ他にも色んな人もいるんだけど。 前者はよほど仲がよくなくては何かあってもさほど行動を起こしてはくれないが、 後者は少しのことでも心配して飛んできてくれる。 前までは後者の人のほうが好感が持てたし、人としても大好きだった。 しかし、己がしっかりしていたならば前者のほうが人として付き合うのには非常にラクであることに気付いた。 亡くなった我が父殿はおまえはいつまでたっても人のことばかりで自分のことが全くできてない!と影で激怒を買っていたらしかったがその通り昔の自分はまさにそうであったのだ。けれど当初の自分としてはそういう自分が大好きで、大満足していたのだった。 ここに来てえらくドライな人間とであった事で、日々考える。 己の管理をちゃんとしよう。と。 本当に心配をしてくれる人が今もし回りに居ても自分の事をちゃんとできてないようじゃ振り回して疲れさせて挙句呆れられてしまうだろうな、、と。 本当に心配してくれている大切な人のその心を踏みつけにするような行為は絆を絶ってしまう事にもなりかねない。 これから大きく環境が変わっていくのだからもう周囲に振り回されて喜んでいるような自分からは脱出しなければならない。
はじめて道後温泉に行った 千と千尋の神隠しみたいだと後輩は口にしていたが 本当にそのように思った
御簾越しに流れてくる秋の風は涼やかで 蒸し暑い東京とは違った空気を運んでいた
仕事にばかり追われた出張だが、一息つけた瞬間だった
コンビニに出かけると懐かしや銀河鉄道999の漫画本が売っていた。 なんだろういくつかの短編と適当にピックアップして一冊になっていた。 293円。 思わずかってしまった。 読んでみるとなんだか全部読みたくなって古本屋へ行って全巻買った。 結構読むのに時間がかかって無事読破。 しかし最終回がこうだったとは覚えていなかったのだった。
最終回と言えばそろそろ夏のドラマも終わる頃なのだ。
事故りました。 相手にケガがなくてよかった。
ナーバスな時には運転は極力避けましょう。 ホント。
ない知恵を絞って絞って結果 自分を少しでも救出する為 あらゆる方法を捻出する
花屋さんへ行った(w 黄色の花を買い、苔のアレンジされた緑の植物を買い 部屋に飾り終わると少し深呼吸をする気分になれた
花は散ったら終わりだがいよいよ購入してしまった 緑の植物はずっとお付き合いなのだ。。。
サボテンさえ満足に育てられないのに大丈夫かよと自分に突っ込む
雪が降り積もるように どんどんと積もっていくものがあって 時々雪かきをするようにのけてみるんだけど間に合わなくて ブルドーザでどかっとのけてみるように 泣けるドラマを見たり本を読んでみたりするんだけど 一時凌ぎのうっぷん晴らしでしかない そうとわかっていてもその一時凌ぎさえもやらなければ 雪に埋もれてしまう
どうにもならない 八方塞だ ここまで積もったものはどうやって消化すればいいのか わからなくなってきた
自分まで迷路に迷い込んでる場合じゃないとわかっていながらも どこからもヒントが得られない どうしたものだろうか
| 2002年09月04日(水) |
Killing me softly |
つづりあってっかな(笑)
| 2002年09月01日(日) |
人生プラスマイナス10円 |
誰かの言葉だ 0よりもなんだか救われる気がする
正義感を振り回して正々堂々と生き抜くのも 策略を練って己を裏切ってでも目的を達成するのも どちらも自分の人生なのだ
「籐子さんの夢の看護婦さんから遠のいてるようだけど、諦めちゃうの?」 とこないだ聞かれた。 時々人は私にそのように問う 気分によって回答する言葉は変わる 「看護婦にならないことであなたに迷惑かけましたか?」 「あなたは私にそういう人であって欲しいと願っているのかもしれないけど、 それを押し付けるのはやめてください。あなたが望む私でいる事の必要性はなんですか?」 とまぁ問う人によってはあまりに無責任で、人を嘲笑しながら口にしている事がわかるので寂しくなる。人をそのようになじる事で現状の自分がいく分かマシである事を確認して安堵しているのであろう。悲しいことだ。 知人と友人のチガイがそこで歴然とできあがっていく。 本当は上記のように言いたいが心の中でつぶやくのであった。 どうせ言ったって真っ赤な顔をしてこういわれるのがオチだ。 「あなたの為を思って心配して言ったのに」 と。 「同上するなら金をクレ」 と昔は思ったものだが今はふふっと軽く笑うだけだ。 夢を追いかける事だけしていればいいような環境を与えてからそういうことは言いましょう。でないと単なる無責任でしかない。そう思うようになってから口だけの心配はしないように心がけている。 学ぶチャンスを与えてくれたのだからそれも感謝すべきことだなと思う。
そうやって少しずつ「冷たい人」と思われるようになっていくのだろう。
|