THOKOの日々

2002年08月27日(火) 出会ったことばたち

加藤諦三
今まで十分に辛い思いはした。今まで十分に恐れた。今まで十分にふるえた。
今まで十分に怖じ気づいた。今まで十分にいじけた。
拒否されることを恐れるだけ恐れて、歓迎される自分を味わうことなしに死んでいくことはないではないか。
今まで十分に眠れぬ夜は過ごした。もうぐっすり眠れる夜を持っていいではないか。
今まで、よい人と言われるために、十分に他人の期待することだけしてきた。
今まで十分に、従順に生きてきた。そして何の報酬もなかった。
それは、けっして勝つことのないゲームに参加しているようなものだった。
他人の期待に従うことだけを目標に生きてきて、それでいつも拒否されることに怯えている。
けっして勝つことのないゲーム、そしてつねに自分を評価し判断する世界。
人びとはいつでも自分を評価しようとしている。
そんななかで十分に自意識過剰になり、十分に苦しんだ。
他人に十分に支配されてきた。
つねに自分を低く評価しようとしている人とは、十分につきあった。
可愛がってもらいたくて、十分に静かに生きてきた。
可愛がってもらいたくて、自分の意向は十分に捨ててきた。
そしてその結果として得たものは何であったか。
そう、それは神経症であった。
それが古い台本に従って生きてきたあなたの結末ではないか。
それでもなお、あなたは古い台本に従って生きようというのか。
新しい台本に従って、熱い人生を生きてみようとは思わないだろうか。
生きようと思えば生きられるのだ。



2002年08月23日(金) 笑わない人

腹をかかえて大笑いしている私を優しい目で見ていた
そしてこの頃そのように笑わなくなった私を悲しそうな目で見ている
その人は本当に腹の底から笑わせてくれるならば金ですむならばいくらでも積める気がするとつぶやくように口にしていたのが今ならなぜだかわかる気がする
いくらでも積めるなんてそんなお金があるわけではない
でもそれほどの価値をつけるのがなぜだろう
うんそうかもねって思うようになってしまった
気を使って笑う方法を身につけてしまった
寂しいことのように感じる

とうとう私自身も随分な渇きにむしばまれているようだ



2002年08月22日(木) 焦りと期限

刻一刻とせまり来る時期に焦りを捨てきれないでいる
欲しい物は手にいれられるだろう
少しずつ少しずつ
けれど代償はあまりにきっと大きい
キリがついた時に果たしてよかったのだと
自分に言い聞かせる事ができるだろうか

チャンスには今までのってきたよと
そう口にする人が多いが
そうある意味これは人生最大にして誰にでも降ってくる話でもなく
迷いを断ち切れない間に時間は過ぎていく
失うものはきっと思いのほか多大だと思われる



2002年08月20日(火) ゆびとま

この指止まれというサイトがある。
そこに同級生が登録しているのを見つけて久しぶりに懐かしく思い、
メールを書いた。
返事がきて、そこには昔の自分の姿をはっきりと記憶の奥に残している友人の言葉が連ねてあった。
辛いような嬉しいような
表現し難い感情が流れていくのを感じた。


人は高みに上るために何かを捨てていく
それは安らぎだったり
夢だったり
家族だったり
自分の有意義な時間だったり
理解者だったり
笑うことをわかちあえる友人だったり
大好きだった頃の自分だったり
人それぞれなのだ

欲しかったもの
憧れてやまなかったもの
それが失うものと天秤にかけて
失ってまで手にいれる価値があるものなのか
わからない



2002年08月16日(金) 自己分析

が、好きというかまぁ周囲の人を分析するのも仕事の一貫なので今日はふらりとたちよったところで精神分析の入門みたいな本を買いました。

己を見失う事が多いもんで。
また周囲にもそういう迷いにはいってることに気付いてない人も多いんで、
つらつらと読んでみました。


乾いてるな。。。
というセリフをよく発するドラマがありましたがまさに。。
乾いている人が多いんですよね。
私の周りって。。
なので、困りもんです。
類友なんでしょうなきっと(笑)

まぁそれをできれば昇華という方向でもっていきたいもんです。
周囲の皆がそういう方向でいけば一番理想的なんですがね。



2002年08月13日(火) おしゃべり

なんだかんだあって家族というしがらみが面倒な気分になっていた
なので実家と呼ばれる場所に住む人たちとの連絡はあれ以来とっていなかった
いや、電話はしたが誰もいないことが数回あったといったほうが正しい

弟のことがきがかりだっただけなのだが
3ヶ月ぶりに電話の向こうから聞こえてくる声は
最初は不機嫌だったが段々と明るい声に変わり
そして私を安心させた
色々と近況を話あい
そうしてまたねで締めくくった

必要な時間だった
とても



2002年08月12日(月) 書くということ

ずんずんとなかなかのスピードで日々整理のつかない事がたまっていくため
再びチャットの世界に足を踏み入れ出した
もう一週間になる
吐き出すように現実を話すわけではない
なんの気はない話をかわすだけで
客観的になれて少し落ち着ける
全く知らない人たちとの会話だからこそえられるものでもある

自分の都合のよい時に好きな相手と好きなように会話をかわす
そういう行為がまたキレル人種を作り出すのかもしれないななどと
念頭で思わなくもないが
そのようにふとよぎりながらも
夜はふけて
朝はまたくるのだ



2002年08月10日(土) 日干し

皮膚をやく日ざし
せみの声
30円の3色棒アイス
それでもまだ縁側で日を浴びていられた
20年前の夏


いやぁもう暑いという言葉さえ使いたくないほど
日々じっとりねっとりしております
地球温暖化とか言ってますが温暖しちゃって
地球の氷たちは溶けないんですかね
などとまるきり子供な疑問をふっかけてみたりして

見えないけれど整理をつけないと進めない
そういうものが多すぎて
淵となりぬるって感じです



2002年08月05日(月) 流されてきたもの

自分で好きな道をたくさんの選択肢の中から選んできたわけではない
どちらかというと流されてきたように思う
そしてその中でただおぼれないように必死に時間を稼いできただけなのかもしれない
時として泳ぎ時として浮いているだけ
それを認めるのが怖かった
そんな簡単に生きてきたわけじゃないと偉そうぶることで
自分を支えていたように思う
プライドと呼ぶのかもしれない

私は頑張っているのよ
あなたも頑張りなさいよ
口にしなくてもそのように周囲に要求していたのかもしれない
それでは周囲を疲れさせてしまうだけだ
自分の価値観をヒトに押し付けてもしょうがない
それに気付かないヒトも多いけど
そういうのはげんなりするし
疲れるから嫌だよね。

なんだか最近人にすごく冷たい人間になってしまった気がする
どうしてだろうか



2002年08月02日(金) 嫁さん注意報

デキル旦那の嫁さんというのは大変である
なかなか同世代で旦那さんっていうのは周囲にいないのだが、、、。
仕事上の罠がたっくさん待ち受けている旦那さんはそれに引っかからない術を日々学んで習得していくようだが、嫁さんのほうは子供がいたり社会経験は浅いまま結婚したりととかくスピード時代の社会では隙ができがち。
そこのところをそつなくついて来る罠もあるという事を私のような世代の嫁さんは気付いていない事が非常に多い。まだ若いから罠と言っても大きなものではないが、かと言って油断していると旦那の仕事にも影響を与えるという事を留意していたほうが良いのになぁと日々思う。
うまく機嫌をとられて、そういう風にいわれると悪い気しないじゃない。とか、
そういう扱い受けるといい気分になれるじゃない。
そこが甘い罠であるのだ。
だって相手はそれを狙っているのだ。
うかつにそれに乗っては相手の思うツボ。
旦那が若く将来があるのであれば、そうして仕事の事でも応援してともに歩いて行く気があるのならそういう罠には自分がはまらずに先手を打って相手を心地よくさせる事だ。自分が旦那の弱点にならないで歩いて欲しいのだ。
そういう良妻になって欲しいと思う。
特に私にとって大切な友人とその周囲には。

せせら笑う気などもうとうないが、どうも話を聞いているとそれってすっかりやられてまっせオクサマ。。。と思う事が多いのだ。
旦那さんだけのせいじゃないのよ何かあっても。。。


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