Mother (介護日記)
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2002年06月28日(金) 出るお金と戻るお金。

今朝は10時にケアマネージャーのIさんの訪問があって、
『施設療養情報提供書』の用紙を持ってきた。

これを来週木曜の定期検診日に担当医に出して、
血液・レントゲンの検査をし、その結果を書き込んでもらう。
「この検査にはお金がかかってしまうのだけど」と説明があった。
それは仕方ないだろう。

ついでに、未だ未処理であった去年の入院保険金請求の為の診断書を頼んで来よう。
1回目の入院についてはすぐに請求をしたのだが、
今の総合病院に移ってからの5回の入院のうちの3回については
担当医の診断書をもらいそびれて、まだ請求を出してなかった。

診断書は今時、1通が5000円もする。
母の場合、生保と簡保で2通が必要となると、1回入院するたびに1万円が出て行く。
その割りには受け取る保険金額が低いので、4回目以降の入院については、
1枚の用紙に入院期間を分けて記入してもらおうと思っていたのだが、
忙しさに紛れてすっかり忘れてしまっていた。(^_^;)


2002年06月27日(木) 新ケアマネージャー

月末なので、正式な契約は7月1日からになるのだが、
介護支援センターのAさんの紹介で、町内の施設Nに所属のIさんに
うちのケアマネージャーとして担当してもらうことになった。

11時に二人でやってきた。

Iさんの第一印象は、落ち着いていてしっかりした女性。
“この人なら”と思わせるに充分な雰囲気を持っていた。
本日休暇のレフティーも、同じように感じていたようだった。

介護保険制度の概要に始まり、
ケアマネージャーという仕事の内容について説明を受けた。

また、利用したいサービスと施設についてのこちらの希望を聞いてくれて、
そのサービスが開始されるまでの手続きと必要な日数について説明があった。

ケアマネージャーとの契約書も、もちろん持ってきたし、
記載内容をすべて口頭で説明した上で、
「これを読んでいただいて、同意していただけるようでしたらここに捺印を」と
“これが契約というもの”の見本のような進み方だった。

もっとも、今回のことで『うるさい家だから』ということを念頭においての
配慮だったかも知れないのだが、それはそれで良い。
要するに、利用する私が理解できるような説明をしてくれたかどうかが重要なのである。

デイサービスの利用に際しては、
母がプレドニンを服用していることから、母の健康状態に関して
『施設療養情報提供書』を医師に記入捺印してもらうことが必要だということだった。

次の検診時にそれを持参して、レントゲンや血液検査等を行い、
その結果を書類に書き込んでもらって、
デイサービス利用についての会議の資料とするらしい。
そのため、実際にデイサービスが利用できるようになるまでは、1ヶ月はかかりそうだ。


2002年06月26日(水) 承諾書とアイドル系

今朝は9時に介護支援センターのAさんから電話があって、
明日11時に新しいケアマネージャーのIさんと一緒に来るとのことだった。


午後1時半過ぎには工務店のNさんが住宅改修承諾書を持って来た。
記入すべきところは既にパソコンで印字されており、
うちは確認をして捺印をするだけで良かった。


Nさんの元へは、旧ケアマネージャーからは何度も連絡が来たのだそうだ。
レフティーからガツンと言われたケアマネージャーは、
自身も大家に行くつもりだったようだが、それも当てにならないので
「あとはこちらでやりますから」とNさんが断ったらしい。


旧ケアマネージャーと工務店の間では、
うちの前に1件、介護保険適用の住宅改修を行っているらしいが、
その時には特に問題がなかったため、
今回もこんなことになっているとは思わなかった、とNさんは言った。


今回の顛末については、市役所・介護支援センター・きうい・義姉に聞いてもらったし、
またこの日記でも反応をいただいていたので、私自身ずいぶん気が楽になっていたようだった。

だから工務店のNさんと書類のやり取りが済んだ後はホッとしたのか、
紅茶(今日はパラダイス)を飲みながらすっかりリラックスし、
世間話までに発展し2時間もしゃべってしまったのだが、
彼がアイドル系であったこととは無関係である・・・と思う(^_^;)
でもしっかり写真に収めてしまうあたりは、やっぱり私らしい(爆)


大家さんには、結局、家を案内しながら私も行くことにした。
時間が経って冷静に考えてみると、経緯に不満はあるものの、
改修について借主が知らん顔と言うのは、やっぱり常識はずれのような気がしたからだ。


事前にNさんから事情説明の電話を受けていた大家さんは、
その場でNさんが書面を読み上げたのを確認して、印を押してくれた。
やはり「退去する場合には自費で現状復帰」が重要視された。
広い玄関には手すりが付いていたが、視線を察したように
「うちもお宅でやってもらったのよ、去年だったかな?」と大家さんが言った。
ふと見ると、部屋と廊下の段差解消のスロープもあった。


大家さんに承諾書をもらい、
工事の写真は旧ケアマネージャーから取り寄せることなく工務店がもう一度作成し、
理由書(改修工事が必要な理由をケアマネージャーが書く)についても、
工務店が旧ケアマネージャーから下書きをFAXで受け取り、Nさんがパソコンで清書。
住宅改修費請求書も私のほうで記入捺印が済んだところで、
必要書類がすべて整い、Nさんはそのまま市役所に直行するとのことだった。


レフティーが帰宅してから、今日のことを話した。
「領収証のこと、いつ旧ケアマネージャーに渡したのか、聞いた?」

あ、忘れた。 どうだったんだろう?


2002年06月25日(火) 住宅改修承諾書

今朝は、介護支援センターのAさんが住宅改修についての「承諾書」を持って来た。

旧ケアマネージャーが持って来た「承諾書」とは形式が違っていた。

これに、大家さんの署名捺印をもらって、
母の名前と家の借主であるレフティーの名前を記入捺印する必要がある。

しかし、昨夜レフティーと話したところ、
「今更、どんなツラを下げて大家に行けるというのか」と感情的な部分が拭えず、
『旧ケアマネージャーなり工務店なりが、自主的に連絡を取って行って来い』と言うのが
正直な気持ちだった。

Aさんにそのことを伝えると、
「旧ケアマネージャーさんとは、契約をもう切ってしまったので、
 それなら自分が同行しましょうか? 相談してみます。」と言ってくれたが、
のちに電話で「やはりそちらで処理していただきたい」との返事が来た。


* * * * *


レフティーは今日の昼休みに旧ケアマネージャーに電話することになっていた。
「工務店と連絡を取り合って、大家に判をもらって来い」という内容である。

2時過ぎに、その件についてレフティーから事後報告が入った。
旧ケアマネージャーは渋々了承したそうだ。


* * * * *


6時過ぎ、うちに工務店のNさんから電話が入った。
「大家さんと連絡を取って、明日2時に伺うことになりましたので、
 その前にアリュさん宅に寄らせていただいて、ご記入をいただきたいと思いますが」

Nさんは“2級福祉住環境コーディネーター”の資格を持っているので、
書類が整い次第、旧ケアマネージャーに代わって住宅改修費の申請業務を
請け負ってくれることになっていた。


承諾書について、旧ケアマネージャーが持ってきたものと、
Aさんが今朝持って来たものと形式が違うことを話すと、
旧ケアマネージャーが持って来た承諾書というのは、
大家と賃借人が家族や親戚関係などであった場合に使用する簡易なものであるとのことだった。
この点でも、旧ケアマネージャーは勉強不足だということがわかる。

工務店は、着工前に旧ケアマネージャーと連絡を取っていて、
「あとはうち(ケアマネ)が処理するので」とのことだったので、
まさかこういう事態になっているとは思わなかったようだ。
しかし、借家であることを知りながら書類なしで着工した責任は否めない。


* * * * *


今日は義姉から電話が来た。

痴呆気味のお母さんから「寂しい」と言う内容の電話が
毎日数十回掛ってくると聞いて、先月、私が介護保険の申請を勧めたのだった。

義姉とは自治体が違うのだが、ケアマネージャーの選択が正しかったのか、
介護認定後、トントンと進み、本日から早速デイサービスを利用できるようになった、
と言う話だった。

介護認定では『要支援』なので、1ヶ月の利用枠は¥61500だが、
週に1度のデイサービスと、1日2時間程度のヘルパーの訪問介護を受けるには
充分なのだそうだ。

ケアマネージャーが「こう言ったサービスがありますよ」と教えてくれるので
わかりやすいし希望も出しやすいとのことだった。

多くのケアマネージャーの中からの選択については、
義姉の自治体では業者一覧に記載された「従業員数」や、
どういったサービスをしているかのコメントを参考に、
“母親が途中で嫌がった時などにもタクシーで迎えに行ける距離”にある、
二つの中から選んだとのことだった。

私が未だにデイサービスを利用できないと言うと、
「うちよりもとっくに認定が降りているのに、もったいないこと」だと言った。

そうだ、確かにそうだ。
介護保険料を支払っていて認定も降りているのに、
この3ヶ月間利用できなかったというのは損害とも言える。
ケアマネージャーとの契約書にはキレイゴトが並んでいるが、契約違反である。

適切なサービスについての情報提供をしなかったことについて、
損害賠償も可能と言えるだろう・・・ ま、そこまではしないにしても。


2002年06月24日(月) これでも温厚なつもり

今日からデイサービスが開始されるはずだった。

しかし、やはりあのケアマネージャーはダメだった。

お迎えに来る約束の時間は、先日書いた通り8:50である。
動作の遅い母の支度をさせるのは、それなりにたいへんなことだった。

それでも、10分前には、母自らお化粧を始めていた。
ちょっとびっくりしたが、それはとても良いことだと思った。

私が外にゴミを捨てに行くと、ちょうど2件お隣のうちに、
町内の施設Nのお迎えのワゴン車が来ていた。
こちらのお宅とは普段の交流はほとんどないが、
娘さんは私よりもかなり年下だが、私が美容室に勤めていた時の先輩にあたる。
お父さんの脚が悪いとかで、越してきた当初からデイサービスを利用していた。

母をトイレに行かせ、手荷物の再確認をして、
初めてうちに来るケアマネージャーのご主人(運転手)のために、
玄関のドアまで開けて、準備万端整えて待っていた。

私は車の音がするたびに『来たかな?』と反応していた。
母が部屋から玄関へ移動して靴を履いて外に出るまでには時間がかかるから
少しでもお待たせしないように、と気にしていた。

それなのに、9時を過ぎ、また10分が過ぎ、さらに10分・・・と過ぎても
一向に来る気配がない。

だんだんイライラしてきた。

突発的な理由で遅れるのであれば、連絡を入れるべきであろう。
しかも、施設からうちまでは約20分である。
うちが一番遠いので、最初に迎えに来ると言っていた。
だとすれば、30分遅れた時点で、まだ施設にいてもおかしくはない。
なぜ遅れているのか、なぜ電話を入れないのか?

約束の時間を50分過ぎた時、私は市役所の高齢者福祉課に電話を入れた。
電話に出たのは、先のYさんではなく、
うちの今回の事情をまったくわかっていない女性職員だったが、
それでもいい、取り敢えず報告だけしておこうと思った。

「本日からデイサービスが利用できるということで、待っているのですが
 約束の時間を過ぎてもまったく何の連絡もありません。
 ケアマネージャーの○○さんとの契約は解除したいと思います。」

わずかに2,3分後、電話がなったので、私は福祉課のYさんかと思ったが
電話の主はケアマネージャーだった。

「あぁ、大変遅くなってしまいまして。もう1時間ですよね? 
 あの、運転手が(どうのこうの)で・・・
 今、向かってるところですから・・・」 

私はそこであちらの言葉を遮るように言った。
「もういいです!」

私はあちらが何か言おうとしているみたいだったが、
一方的に強い口調ではあったが、それでも冷静に話した。
正確には覚えていないが、ほぼ、以下のようなことを言った。

「人からお金をもらって、企業として、仕事としてやっているのでしたら、
 お仕事に対する姿勢と言うものを、もう一度見直された方がよろしいと思います。」



* * * * *



ケアマネージャーからあわてて連絡が来たのを突っぱねて切った後、
私は、すぐに町内の施設Nに併設する介護支援センターに電話を掛けた。

圧迫骨折当初、まったく動くことができない母を前にして途方に暮れていた時に
すぐに飛んできてくれたのが、ここの担当者(Hさん、のちに引継ぎでAさん)であった。

私は、もし空きがあったら介護支援センター併設の施設Nにお願いしたいと申し出た。

Aさんは、当時Nに空きがなかったため、今のケアマネージャーを紹介してくれたのだが
今回うちがトラブったことで、責任を感じていたようだった。

しかしそれについては、右も左もわからない私が一任をした上でのことなので
私はまったくそんなことは思っていない。

ただ、今のケアマネージャーが怠慢なので、市役所のアドバイスもあって、
「空きがあれば替えて欲しい」という意味で言った。

Aさんは、事情を聞きに1時間後にうちにやってきた。



私はここ数日の日記を印刷して参考にしてもらうことにした。

Aさんは、私の言い分を聞き、母の様子を私に質問した。

3月の訪問時には動けなかった母が、ほとんど自立した状態になっていた。
今の状況では、歩行について一部介助が必要なくらいだ。
となれば、デイサービスの目的は私の精神的なケアだと言えるかも知れない。
木曜に診てもらった時に、それは担当医も言っていたことだ。
「(体は動くけど)痴呆があるのだからデイサービスが使えるはずですよ」と。
「お母さんと離れる時間を持ったほうが良い」と。



* * * * *



1時半頃だったろうか。 玄関のチャイムが鳴った。
出てみると、ケアマネージャーの息子が謝罪にやって来た。

「このたびは、まことに申しわけございませんでした。
 以後、このようなことがないようにいたしますので、
 今後ともよろしくお取引のほど、お願いしたいと思いまして・・・」

私は、もういい。

いくつもの不手際が重なったのは仕方がない。
しかし、市役所に対して都合の良いことを言い、その責任をはぐらかそうとした。
愕然としている中で、それでも早速デイサービスの利用ができるということに、
疑問も感じたが素直に喜ぼうと努力した。
今朝のお迎えは最後の砦だったのに・・・
それをあっさりと裏切ってしまった。
これ以上、どう信用しろと言うのだ。


最大限に感情を抑えて、冷静に、だけど痛烈な苦情をぶつけた。


私は謎解きをしなくては気が済まなかった。

1.うちがデイサービスを利用できない理由として“混んでいるから”と聞かされていたが
  市役所では自ら“空いている”と言っていたそうだが、本当はどうだったのか?

   「空いていました」


2.住宅改修の領収書のコピーが工務店から来たのは、いつか?

   「数日前です」(私達が市役所に行ってからという意味)


3.今朝の電話は、自ら掛けたものか、市役所からの連絡によって掛けてきたものなのか?

   「市役所からの電話があってからです」


4.今朝はなぜ来なかったのか?

   「連絡の不行き届きで・・・」 
    
     ・・・ 家族3人での会社で何を以ってそう言うのか。


5.先日の訪問時の発言にあった“サッカーを観たい”とは、誰を意味するのか?
  お母さん(ケアマネージャー)なのか、次の訪問先なのか?
   
   「後者だと思います」


うちはもう、お宅とは取引をしないが、
どうか今回のことを肝に銘じて、仕事に対する姿勢を改めていただきたい。
今後、私の知り合いが利用することがあるだろうから、
私はその対応を遠くからチェックさせていただきます。


住宅改修の書類? 
新しいケアマネージャーさんが決まったら、そちらにお願いしますから、結構です。


(菓子折りか何か知らないが)何も要りません。
お気持ちだけで結構です、ありがとうございました。

パソコンの前に座ると、時計は2時だった。


* * * * *


すぐにレフティーから電話が入った。
私が朝、デイサービスが来ないことをメールで入れておいたからだ。
今朝からのことを一気に話した。


今度は、きういが心配して電話をくれた。

「アリュだって仕事で苦情処理をしてきたのだから、
 苦情が発生することは充分わかってるよね。
 ただ、その時に誠意のある対処ができるかどうかによって、
 その後も取引が続くかどうかになってくるのに」



* * * * *



夕方、疲れて寝ていたら、介護支援センターのAさんから2回電話が来た。
半分寝ぼけていたので、順番がはっきりしないが、要旨はこうだ。

・介護支援センター併設の施設のNで、
 Iさんがうちのケアマネージャーとして担当することになったこと。

・住宅改修についての「承諾書」は、
 借家である以上、大家さんのサインが必要であること。
 その用紙を明日持参するので、大家さんに書いてもらって欲しいということ。

・工務店が撮った住宅改修前と後の工事の写真を、
 旧ケアマネージャーから取り寄せて欲しいということ。
 
「郵送してもらってもいいし、市役所に預けてもらってもいいんじゃないでしょうか?」
と言われても、もう、旧ケアマネージャーとはかかわりたくないのだけど・・・

これは、レフティーに電話してもらおう。

大家さんには、工事が終わった今更、なんて言えばいいのか・・・

工事については工務店に「借家」であることを確認してあるが、
工務店は「現状よりもグレードアップになるのだから」と何も言わなくて良いと言ったし、
「承諾書」というものの存在は、
一昨日、旧ケアマネージャーが持って来るまで私は知らなかったのである。

ケアマネージャーでも工務店でもいいから、大家にサインもらいに行って来てよ。


2002年06月23日(日) やっぱりね・・・

今日、買い物中に偶然、市役所の高齢者福祉課の女性職員Yさんに会った。

そこで、先日の件について話した。

  ・当日、電話がかかってきたこと。
  ・昨日、訪問があったこと。

さらには

  ・住宅改修について本来は工事着工前に必要な「承諾書」を今頃持ってきたこと。
  ・住宅改修費支給申請書を今頃持ってきたこと。
  ・工務店の領収証のコピーがありながら、正規のものが必要だと言っていること。
  ・施設と我が家がケアマネージャーいわく“遠い”からか、
   サービスに消極的あるいは怠慢であること。
  ・「サッカーの試合の前にもう一件寄るところがある」と発言したこと。

これらを報告しておいた。

Yさんも、あの後、上司と話したと言い、あまりひどいようならば、
「ケアマネージャーを決めた時点では定員一杯だった施設も、
 月日が過ぎて空きが出る場合もありますので」と、
暗にケアマネージャーの変更もひとつの選択だと言っているようだった。

そして、領収証については、コピーで良いとの確認もできた。

明日のデイサービスの時に、母に持たせてくれと言われた領収証は、
持たせるのを辞めた。
“領収証につきましては、コピーで良いと確認が取れましたので、
 そちらをお使いください” と、メモをつけて、忘れたのではないことを強調しておいた。
代金を支払った者にとっては、領収証とは非常に大切なものであるから、
そうそう簡単に渡せるものではない。


2002年06月22日(土) ケアマネージャーとひさびさの対面

「大変ご無沙汰してしまいまして・・・」
約束通り、1時半にケアマネージャーがやってきた。


住宅改修について、
『承諾書』と『介護保険居宅介護(支援)住宅改修費支給申請書』を持ってきた。

これに記入捺印し工務店の“正規の領収書”を添えて市役所に提出すると
約2ヵ月後、指定口座に入金されるということだった。


先日、市役所に行った時、
『住宅改修費が返戻されるまでに2ヶ月と聞いているが、いつ頃になるか』と聞いた。

男性職員が調べたところ
『まだケアマネージャーから必要な書類があがって来ていない』とのことだった。


ケアマネージャーが持参した中には、領収書のコピーがしっかり入っていた。
私の視線を感じたのか
「コピーはいただいているんですけど、本物が必要なので」と言った。
でも工務店が領収書を持ってきた時には、
「それでは正規の領収書をALLURE さんが保管してください。
 コピーをケアマネージャーさんに回して処理してもらいます。」と言っていた。

工務店は、うちだけではなく、
これまでにもたくさんの介護保険適用の住宅改修を取り扱って来ているのだから、
市役所に提出する書類に添付する領収書がコピーで構わないと承知しているはずだ。

今回のことでケアマネージャーに対して信用をしていない私から見れば
“正規の領収書がないから”なんて、自分の処理が遅れた理由にしているとしか思えない。

コピーは、とっくに工務店から届いているに違いなかった。
コピーで良いはずなのに、自分が市に提出するべき申請書をうちに持って来ないから
申請処理が遅れたのに、それをごまかすために言い訳をしているのだ。
この件について(コピーは無効なのかどうか)は後日、市役所に確認をしようと思う。

私もイジワルなのかも知れないけど、嘘をついたり、ごまかしたりするような人であれば、
今後長くなるであろうお付き合いに、必ずまたどこかで支障が出てくるはずなので、
たびたびこのようなことがあるのでは、ケアマネージャーの変更も検討しようと思う。

業務上のミスや処理の遅延については、どこの会社でも多少なりともあることだが、
それを素直に認めて謝罪する気持ちがなくて、なんとかごまかそうとする姿勢には問題がある。



今日持ってきた書類の中には、
『居宅介護支援契約書』と『居宅介護支援重要事項説明書』もあった。

ひとつは、利用者と支援事業者との居宅介護支援についての契約書で、
もう一方は、事業者・職員・サービス内容についての概要説明。
どちらも、利用者と支援事業者双方の確認のために記名捺印の部分があり、
これらを双方が1部づつ保管するというものだった。

この書類と同様のものは、
介護支援ベッドのレンタル業者との間でも、ベッド搬入当日に交わしている。
普通、契約書なんていうものは、これに記名捺印があって初めて効力を発するものであり、
サービスが始まってから3ヶ月も経った今頃、しかもこちらからのプッシュによって
やっと持ってくるようでは、呆れて物が言えない。
今回の“半ば苦情的”なこちらからのコンタクトがなければ、
ケアマネージャーはいったい、これらをいつ持って来るつもりだったのか。

契約が成立していないからサービスを受けられないとも言える(毒)



取り敢えず、月曜日からデイサービスが開始となるが、
これについては、やはり消極的な発言が繰り返された。

「車で20分から25分くらいですかね〜
 10時までに(施設に)入らなければならないので、8時50分位にお迎えに参ります。
 少し早いんですけど、よろしいですか?
 帰りはだいたい3時過ぎになりますが、その時間に奥様はいらっしゃらないでしょう?
 あ、いらっしゃいますか?
 運転手兼社長が、連絡帳をお渡しする際に、今日の様子などをお話いたしますのでね。

 N(ここの町内の施設)は混んでいるみたいですし、あとは○×にあるんですが、
 そこだと○○まではお迎えに来れるそうなんですが、やはりここまでは・・・」

どう聞いても、自分のところでずっと面倒を看てあげようという気持ちが伝わってこない。

『夫婦個人でやっているものですから』とか、
『宿泊施設も持っているものですから』などと多忙な自分の言い訳をする。

本当かどうだかわからないが、
「私も平日はデイサービスがあると3時過ぎまでかかってしまうんですね。
 この近くに別の方もいらっしゃるので、良く来るんですけど、
 3時過ぎにいらっしゃらないことが多くって・・・」 とも言った。

これは昨夜の電話でレフティーにも同様ことを言ったらしいが、来たという証拠はない。
こちらだって買い物やお散歩もあるのだし、
何度も不在だったというのなら、最初からそのことも考えてメモの準備をするとか、
電話で「今日○時頃うかがったんですけどお留守だったようで・・・
最近、いかがですか?」と一言フォローすれば良いのに。
もちろん、「明日の何時に寄ろうと思いますがいらっしゃいますか?」と
事前にアポを取ることもできるわけだし。



書類のやり取りが一段落したところで、私がお茶を淹れに行こうとするとと、
「あぁ、いいんですよ。
 サッカーは何時からでしたっけ? 3時半だったかな?
 私、それまでにもう1件まわらなきゃいけないんですよ。」と言ったので、
これまた私をがっかりさせるのだった。

サッカーの試合は、自分が観たいのか、
それとも、訪問先の家族が観るので邪魔をしないようにとの配慮からなのか疑問である。

このMさんは、表現がヘタなだけなのか、それとも単に怠慢なのか・・・


2002年06月21日(金) ケアマネージャーの嘘

昨日の日記の続き・・・ 市役所にて。


トイレに寄ってから帰ろうとしたら、
先ほどの高齢者福祉課の女性に呼び止められた。

「今、ケアマネージャーさんに連絡したところ、
 ・・・あぁ、これはあくまでもケアマネさんの話ですが」と前置きしてから、

「ケアマネさんは
『うちはアリュさんにデイサービスを勧めているのに奥様が希望されないから』だと言っていました。
 この“奥様”と言うのは、お母様を指すのか娘さんを指すのかわかりませんが」

はぁ? 堯福陰Α院臓砲覆鵑任垢函

私は当初からデイサービスを希望していたのに。
デイサービスの利用をするために、介護認定の申請を受けたと言ってもいいほどだ。

浴室の段差が危険であること。
シャワーがないこと。
お湯が出ないので、浴槽の湯を沸かしながら使わなくてはならないこと。
そういう状況では、二人で一緒に入ることが難しいこと・・・

だからこそSPAを頻繁に利用してきたし、
デイサービスが混んでいると言うので、それならせめてと浴室の改修も急いだのである。

この日記の3月19日(胸椎の圧迫骨折)以降には、
何度かそういった内容を書いてきたはずである。

5月下旬、6月のプランを持ってきた若い男性に対しても催促したのに。

「奥さんが希望していないので」だって?

どうしてそういうことを言うかな〜

私は滅多に感情を顔に出さない方だが、今回はまったくもって呆れてしまって、
まさにこの顔文字の通りの表情であったと思う。→ ┐(  ̄〜 ̄)┌

この件では前にも市役所に相談に来ていて、その時には
『ケアマネージャーさんと話し合って(プランを)決めてください』と男性職員に言われた。

しかし、ケアマネージャーが来ないのでは話にならない。


私はかつて、母の被害妄想がひどくて家庭内が大変だった時に、
民生委員に相談の電話をかけたら、
「あなたよりもたいへんな人はいくらでもいる」と言われたことがあって、
それからは友達に泣き言を言うことはあっても、
人に何とかしてもらえるものではない、自分で何とかするしかない、と悟った。

だから何事においても「あなたよりも大変な人がいる」と言われることが怖いし、
それを言われることを避けたい。

そんな私だから。
「お母さんは娘さんに看てもらえて幸せね〜」と言う言葉に最初は喜んでいたが、
「近所には、たびたびの徘徊で困っている人がいる」などと聞けば、
それもよくよく考えてみると
「他にもっと大変な人を抱えていて」と言う意味にも聞こえたりした。

そんなわけで、こちらも母が動けるということに遠慮もあったから、
あちらからの連絡を待っていたのに・・・



「一応、来週の月曜日から毎週、デイサービスを利用できるようになりました。
 ケアマネさんとの間で、行き違いがあったようなんですが
 それについて、あまり突っ込んだことを言うと、
 せっかく受け入れてくれると言っているところなので、
 今後、お母様が利用するのに、やりにくくなるかと思って。」


ケアマネージャーを替えてもいいくらいだけど。


「ひとつだけ確認したいのですが・・・
 ケアマネさんは来月のプランを立てるために、
 お母様の状態を見にお宅へ伺いましたか?」

「いいえ・・・最初のうちは何度か来てくれましたが」

「そうですか」

「ケアマネさんからは最初に、
 宿泊施設も併設しているとのことでパンフレットをいただきましたが、
 それはお金を出して利用しろってことだったんですかね?」と私も半分キレかかっていた。


* * * * *


あちこちで買い物をしてから夕方帰宅すると、
案の定、ケアマネージャーから電話がかかってきた。
私はたまたまキッチンにいて手が離せなかったので、レフティーが出た。

「ええ・・・はい・・・
 一度こちらに来ていただいて、家内と相談してください・・・」

私に替わると、
「このたびはいろいろとご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」と言った。

そして土曜日の1時半に、うちに来ることになり
来週の月曜から毎週、デイサービスが始まることを確認した。

しかしそこでまた、ケアマネージャーのやる気のなさを露呈する発言があった。

「・・・遠いのですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫? ・・・って何がですか?」

「・・・遠いので、お母様の体力が・・・」 

えぇっ? 
たかが車で20分程度のことじゃない。
無理だとわかっていれば、最初から別の施設を希望してます。┐(  ̄〜 ̄)┌
結局、自分がここまで来るのが面倒くさいってことじゃん?

なんだかな。 ┐(  ̄〜 ̄)┌


2002年06月20日(木) ケアプランとデイサービスとケアマネージャーの嘘

病院の後、市役所に寄ってみた。

「介護認定が降りて3ヶ月近く経つんですけど
 うちはまだ一度もデイサービスを利用できていないんですね。
 ケアマネージャーは最初のうちに何度か来てくれたけど
 その後は代理の人が“来月の予定表”だと言って持って来ただけで
 まったく連絡がありません。
 
 デイサービスは混んでいると聞いてたし
 母はまだ自分のことができるので、私も今までは遠慮してきたんだけど
 このところ体調を崩しちゃったこともあって
 一人の時間が欲しいと思うようになったんです。

 夫婦の時間も取れません。
 主人の休みはこうして母を連れて検診や買い物などの用事があるし、
 それ以外にも母を見ててもらって、私は友達と出掛けたい。
 そうなると、主人の休みは“休み”にはなっていないし、
 夫婦二人だけの時間と言うのも作れません。
 
 パンフレットを見ると、利用できるサービスについてこちらの希望を聞いてくれて
 ケアマネージャーがその予定を調整してくれるってことだったと思います。
 それがまったくこちらに相談もなく一方的にプランを作って
“来月の予定:介護ベッド1”とだけ書かれた紙を持って来られても・・・

 実際にはデイサービスの利用と言うのはどうなってるんですか?
 介護認定を受けた人は急激に増えているわけだし
 送迎の手間や時間を考えると順番待ちと言うのも理解できるんだけど
 うちの母程度だと、やっぱり当分は無理なんでしょうか?」

レフティーも質問した。
 「ケアマネージャーの経営はどうやって成り立っているんですか?」

高齢者福祉課の若い女性は正直に答えた。
「プランを1件立てるといくら、と報酬が出るんですね。
 介護度によって金額も違ってくるんですけど・・・
 1施設が50人までという枠が決められてはいますが
 実際にはそれ以上の相談があるので、
 件数を超えて受けているところも実際にはあるようなんです。」

つまるところ、プランを立てさえすればお金が入ってくる仕組みである。
介護度の低い人を相手にしてもお金にはならない。
介護度が高い人なら報酬も高いし、
悪く言えば「あなたより大変な人を見ているんだから」という言い訳も
しようと思えばできる。

30分ぐらいは話しただろうか。

うちの話を聞いていた別の年配の女性が
「○×さん(うちのケアマネ)は、自分のところに入浴施設を持ってるじゃない。
 このあいだも自分で空いてるって言ってたのに」と言った。

結局、市役所からケアマネージャーに連絡をしてくれることになり、
あとでケアマネからうちに電話が来るだろうとのことだった。 


2002年06月14日(金) 善意にしても・・・理解しがたい

今朝も微熱モード、お天気はドンヨリ。
でもって、家事やる気なし、散らかり放題・・・

そんな9時半。

『ピン・ポーン』  なんか電池切れっぽいチャイムの音(^_^;)

クシャクシャの髪のままドアを開けると、
母の知り合いで「折り紙の先生」と呼ばれているHさんだった。

* * * * *

私がこのHさんと会うのはこれで2回目。

母とお散歩していた路上で初めて会った時に、
母とのツーショット写真を撮らせてもらったので、私も顔を覚えていた。

母は写真を撮った時には、
きちんと「折り紙の先生」だという認識があったものの、その後、写真を見ても
「これはどこのおばあさんだろう」とわからなくなったこともあった。
そのため、名前や詳しい関係はわからないままだった。

その後、母が一人暮らしをしていたアパートの、2階のTさんから、
「Hさんといって、公民館などで折り紙を教えている人」だと聞くことができた。

Tさんのお宅にはたまに来ていたようだが、
TさんはHさんのことをあまり良く言わず、
「お宅のお母さんはHさんを嫌っていて部屋にはあげなかった」などと聞かされていた。

その反面で母は「折り紙の先生の家はどの辺だろう?」とTさんに聞いたりして
会いたがっているようにも見えた。

私は、Tさんの話は主観的なものもあるだろうから、鵜呑みにするつもりはなかったが
今日の突然の訪問には戸惑ってしまった。

* * * * *

と、そのHさん、そのドアを大きく開いて閉まらないようにしたと思ったら
なんと、我が家のポストを開けて、
そこに入っていた新聞を取り出したのであった。堯福陰Α院臓

これには驚いた。
初めて来た家である。

もちろん“新聞が入ってるわよ、私が取ってあげる”という善意からなのだろうけど
ポストには新聞だけとは限らないのだから・・・

Tさんの言葉以上に自分で見たものには説得力があった。

その時は玄関先で折り紙細工をいただいたところで、
『これから病院に行くから』とうちの電話番号だけ聞いて帰って行った。

* * * * *

3月の圧迫骨折以来、母関係の訪問者が多く、しかも皆、突然であって
私としてはその応対に気を使い、正直なところ疲れていた。

母の部屋はわずかに4畳半。
そこに介護ベッドとベッド用テーブルと洋服ダンスがあって、
とてもお招きするようなスペースはなく、居間にお通しすることになる。

それまで特に『訪問客』などなかったし、おもてなしなんぞロクにしたこともない。
これと言って、お客様に出せるようなお茶菓子の用意もなく、
何かをいただいても、お土産に持たせるようなものも考えていない。

そんな状況で、蒸しパンだとかホットケーキだとかを作っているけど
今後はいつ誰が来ても応対できるような短時間でできるメニューを考えて、
事前に材料を揃えておくことが必要かも知れない。

母のお友達が来れば私もその会話に参加して、母の通訳をしなくてはならない。

私の『友達』関係については、何も苦にはならない。
事前に連絡してくれるので気が楽だし、改まっておもてなしなどしていない。

核家族の悪いところなのだろうか?
この歳まで、そういった制約もなく呑気にマイペースで生きてきたってことに
感謝をすべきかも知れないが・・・

* * * * *

10時過ぎに電話が鳴った。

「はい、ありゅです」

「どう?」 堯福陰Α院臓

「はい?」 

「ん?」

「もしもし?」

「あ」

「どちらさまですか?」 (@_@;)

「さっきの」 ヾ( ̄。 ̄;)

「あぁ、Hさん」 ┐(  ̄〜 ̄)┌

「実は私、さきほど伺ったのは、写真がいただきたかったの。
 すっかり忘れていた。
 今、○×病院に来ていて終わったんだけど、今から伺ってよろしいかしら?」

「ええ、どうぞ。写真、用意しておきますね」

お茶を沸かして待っていると、Hさんが再びやってきた。

上がるように勧めると、写真だけでいいと言ったので用意していたものを渡してあげた。

写真とは言っても、B5用紙に印刷をした簡単なものである。
私はまだ、ダイレクトプリンターを持っていないし、
デジプリも利用したことがない。

「あぁ、コピーね」

まぁ、そう言われればそうかもね。(-_-;) 
母はこれで満足してくれているけど・・・

撮らせていただいたんだから、
本来ならきちんとプリントしてこちらから差し上げるのが常識なのだろうな。

はぁ。 私もまだまだ修行が足りないな・・・


2002年06月09日(日) お友達の訪問

今日は母のお友達が2人、メロンを持って来てくれた。

留守じゃなくて良かった・・・

一人は母の同郷のお友達、もう一人は町内に住んでいるお友達。

前回は3月24日に来ていただいた。


その時には、まだIXYを持っていなかったので、二人の写真がない。

今日はバッチリ撮っておかないと。

その場でB5の普通紙に印刷して、お二人にもあげた。

今撮った写真が、その場でできてしまうということに、みんな感動していた。

しまった、いただいたメロンも一緒に撮れば良かった・・・(-_-;)

インクが少ないようで、
色合いがやや赤紫がかっていたが、そのうちにデジプリで注文すればよいかな。

母には、いつものポケットファイルに閉じこんであげたが、数分後にはまた
「あ、写真は撮った?」と聞くのであった。ヾ( ̄。 ̄;)

「ほら、さっき撮ったでしょう?」 とポケットファイルを開けば、
「あらぁ♪ みんな良く撮れたわね〜」 と、初めて見るようなことを言うのだった。

そんなことが2時間のうちに数回繰り返されたが、
二人のお友達は根気良く付き合ってくれていた。

きっと、これまでにたくさんの人を見てきたのだろう。



買い物に行っていないので、何もない。

ついさっき作ったばかりのホットケーキをもう一度作ることに。

蒸しパンにしようと思ったけど、蒸し器がなかった。

取っ手が壊れちゃったので、新しく買わなきゃ・・・

バナナと生クリームを添えて。

ヨーグルトにオレンジジュース。

ミントティー。



およそ2時間、楽しい時間を過ごした後、母は今お昼寝中。

私もかなり眠いです・・・


2002年06月07日(金) 明るい患者

昨日の検診にはHPビルダーのマニュアル本を持参して行ったが、
長い待ち時間の間に眠くなってしまった。

やっと内科で呼ばれた。

M 「あ、Kセンセ♪ こんにちはぁ♪」 相変わらずの母に、作業中の看護婦が振り返る。

K 「腰の調子はどうですか?」

M 「腰? 腰は痛くなぁい」

A 「いえ、先生、今朝は痛いと言っていました(^_^;) 何しろ記憶が3分なもので」

カーテン越しに順番を待っている患者数人から、クスクスと聞こえてきた。

M 「ここが痛いの、センセ」 と右胸をさすって見せた。

K 「どういう時に痛いですか?」と聞かれたが、母は聞く耳を持たなかった。

A 「セキをした時に痛いようなんですが」 と、私がフォローする。

M 「センセ、ここが痛いって言うのは何かの病気なのかしら? 肺病?(肺炎)
   肺病だったらどうしよう、怖いよ〜」

K 「ヾ( ̄。 ̄;)肺病なんですよ。 その治療をしているところですよね(^_^;)」

カーテンの向こうの笑い声はさっきより大きくなった。 

K 「朝ごはんは食べましたか?」 と、聴診器をあてながら聞いた。

M 「はい♪ 食べました♪」

肺が少しパキパキしていると言う。

K 「これではまだステロイドを減らすことはできないから、今回もまた同じで行きましょう」

血液中の酸素濃度は91%で、やや低め。
ソファに座っていた状態から診察室まで少し歩いたからだろうとのことだった。

K 「お昼ごはんは食べましたか?」

M 「はい♪ 食べました♪」

堯福陰Α院臓

A 「何を食べたっけっか?」

M 「ええと・・・なんだっけっかな? パン? パンだったねぇ?」

K 「ヾ( ̄。 ̄;)お昼はまだだよ、これから。」

M 「まだだっけっかぁ? あははぁ♪ わ〜すれちゃったぁ〜(@^▽^@)」

カーテンの向こうではついに大笑いが・・・

M 「なぁんでも、す〜ぐ、忘れちゃう。あははははぁ♪
   しょうがないねぇ、こりゃ。 ばぁかだから。あはは〜♪」

K 「これはねぇ、あなたの性格もあるんですよぉ?
   質問されたら考える前に思いついたことをすぐに答えちゃうでしょ?
   一度、頭の中で考えてから話すようにしないとねぇ(^_^;)」

先生がそう言っても、肝心なところは聞いていない。(^_^;)

K 「それじゃ、次はまた2週間後ね。」

M 「はいそれじゃまたね、センセ♪ ありがとうございました〜 
   またよろしく〜 握手〜 アタシのカレシだもんね〜ぇ、センセ♪( ̄ー ̄)」

母を良く知らない看護婦は『あなたも大変ね〜』という目で私を見ていた。

カーテンを開けると、今の会話を聞いていたと思われる患者数人が
母の顔を確認すべく一斉にこっちを見たのだった・・・

そう言えば、外来で痴呆の患者を見たことはないな。
あまり話さないから気付かないだけかな?
家族に付き添われて車椅子や杖で来ているお年寄りは多いけど。
母のように、こんなに明るい、軽度の痴呆の人って言うのは少ないのかな?

ちなみに。母は整形の担当医には、こういう態度や発言をすることはない。
やはり1年以上のお付き合いで、それだけ親しみを感じているということだろう。


2002年06月06日(木) 検診日

今日は母の検診日である。

今回もレフティーが休暇を入れてくれてあったので、車でGO。

前々回の検診の時には、
混んでいるなら仕方がないが病院側の不手際で3時間もかかってしまい、
キレたレフティーが署名付きで、病院のアンケート用紙に苦情を記入してきた。

予約外の整形外科と予約の内科にかかるのに、
受付がまわすカルテや診察券が右往左往し、私たちが振り回される結果になったのだった。

以下がその顛末である。


* * * * * *


その日、整形外来の看護婦は、
「カルテは来ているけど診察券がここ(外来の受付箱)に入っていないから」という理由で
外来待合室で2時間も待ち続けている私たち3人を不思議に思うこともなく、
他のすべての患者がいなくなっても、母を呼び出すことをしなかった。

変だと思えよ。一言聞けよ。受付に確かめるとか、内科に聞くとか・・・(-_-;)
銀行のロビーで私はちゃんとフォローしてたよ?(不審者のチェックも兼ねて)
「長くお待ちのようですが?」って。 
病院だって同じじゃない?

アンタは処方箋のファイルを患者に返却するたびに待合室に出て来るんだから、
待合室を見渡してみれば、カルテと比較して人数が合わないことに気付くだろうし
もっと気を利かせて動いてよ。


私たちは予約外で行っているので、
最後になってしまうのは仕方がないと思って待ち続けていたが、
診察室からは『片付け』と思える音や会話が聞こえてきたので、
たまりかねてレフティーが診察室の看護婦に声を掛けたら、上の呑気な言い訳をしたのだった。

さらには、2枚複写の注射の処方箋が、
内科看護婦の手違いで1枚しか会計に回らなかったため、
私たちはさらに会計で1時間待たされたのだった。


* * * * *


そこで前回は受付で再三確認をし、整形外科と内科とが1時間で終了したのだが、
まぁ、今回は通常コースで2時間だろうな。

受付・会計のロビーには人があふれていたので、ずいぶんと混んでいるなぁとの印象。

自動受付の機械に診察券を通してから、再診受付へ。
「内科は予約ですが、整形にもかかりたいのです」

そこで、さっそく手続きを始めようとした女性職員に対し、隣の男性職員が
「今日は整形は先生がいないでしょ?」と言った。

「え? いるでしょ? まだ11時前だし。」

「いないよ。」

「え? いるよ。」

「いないって。」  ┐(  ̄〜 ̄)┌
  
押し問答の末、女性職員が整形外来に電話を掛けて医師がいることを確認。

「それでは、整形外来の前でお待ちください」 

整形に行くと、待っている患者は少なかった。

2、3人の患者が出入りした後、
いつもの小柄の看護婦が私達に気が付いて話しかけてきた。

「今日はもう内科にかかりましたか?」

「いえ、これからです」

「診察券はどうなさいましたか?」

「受付に出しました」

「・・・そうですか。ここで少し待っていてください」

まったく、毎回毎回、どうなってるんだろうね。
受付と外来とで、連絡が取れていない。

受付では「診察券はこちらでお預かりします。整形外来の前でお待ちください」と言い、
おそらくカルテに貼るのであろう、掛る科の順番を付箋に書いているのに、
整形外来では、毎回「診察券はどうしましたか?」と聞かれる。 ┐(  ̄〜 ̄)┌

そんなの、受付か内科に聞いてよ。
いかにも患者が悪いみたいな言い方は辞めて。

注射も、ある時は整形外科の診察室の隣で整形看護婦が行い、
そうかと思えば、次の時は、整形では薬と注射の処方箋の記入だけで、
注射は内科の隣の処置室で内科の看護婦が済ませた。


さらには、整形外科の担当医も使えない。

4月25日の診察時に『骨密度』を計りたいと言い、即日レントゲン室にて計測した。
「結果は次回に」とは言うものの、予約は入れなかった。

私は2週に一度の内科の検診に合わせて、予約外で整形にも来るのだが、
担当医は毎週木曜が手術日なので、予約の患者しか診ることができないと聞いていた。

うちは、薬と注射だけなら別にこの担当医じゃなくても良い。

担当医の方で診る必要があると判断するのなら、患者に対し自ら予約を入れるべきである。



今日、その整形の担当医は「どうしましたか?」などと言うのだった。

「特に変わったことはありませんが、
 骨密度の測定の結果をうかがいたいと思いまして」

「あぁ、そう。・・・いつだっけ?」 と、カルテをめくる。

「1ヶ月ぐらい前です」

「ええと? で、誰に診てもらったのかな?」 まだカルテをめくっている。

「いえ、先生に指示をいただいてその日に計りました。
 当日は測定だけで結果は次回に、と言うことでしたが」

「木曜日に来てもね〜この時間には診れないものだから・・・
 いや、そのうちにまた診れるようになるとは思うけど、今のところはね」

次回に、って言ったアンタが予約を入れないのが悪いんじゃないの?

別に注射と薬だけなら、アンタじゃなくてもいいんだし、
骨密度の判定だって、アンタが忙しけりゃ別の先生でもわかるでしょ?

こっちは慢性的な病気なのだから、
アンタが必要だと思えば、次はいつ来なさいって指示を出せばいいのであって。

『木曜は8時半から手術が始まるので予約の人しか診れない』ってことも、
こっちは承知しているワケで。

だから私は『きっと他の人の予約が多くて母の予約は取れないんだろう』と
解釈しているワケだし。



「ねぇ、これ、結果が貼ってないね?」と担当医が言うと、看護婦が捜しに行き、
「レントゲンの中に入っていました」と言って2枚の紙を持ってきた。



東洋人 女性 78歳 150cm 53kg 測定日2002/4/25

 L1   0.672   63%
 L2   0.805   72%
 L3   0.985   86%
 L4   1.150  103%
L2〜L4 0.989   88%

「この結果を見ると88%と出ているけど、実際にはこんなに良いはずはない」と。

説明を聞いてもわからない。
あまりアテにならないものだということだけがわかった。


「薬はどうしますか?」 

はぁ? どうしますか?って。 私が決めるのか?

「え? 薬? もう要らないんですか?」 計らずとも私は呆れた口調になった。

「いや、この薬にはカルシウムを補強する役割がありますから、続けて飲んでいただいて」

それなら、最初から処方箋を書けばいいじゃん。


・・・こんな調子だもんね。

担当医も看護婦も使えない。

はぁ。それでも内科の担当医がまともで良かったと感謝すべきなのだろうな。


2002年06月02日(日) 住宅改修の画像は・・・

介護保険を利用した住宅改修(浴室・トイレ)の画像は、移動しました。

Information「Idea 高齢者との生活」のコーナーからご覧ください。


2002年06月01日(土) まぁ、そんなもんだろう

友達と遊んできた絹江が帰宅して、

「おばあちゃん、ただいま〜♪ おばあちゃんは今日は何してたの?どこかにお出かけした?」 と聞いたら、

「私? 今日はどこにも行かなかったよねぇ?」 と私に同意を求めてきた。

「はぁ? 今、お散歩から帰ってきたところでしょうがぁ? 暑い中、2時間も歩いて来たんじゃん?」

まったく。┐(  ̄〜 ̄)┌


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