「硝子の月」
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「そうだわ、うちにお泊まりいただきましょう」 「お嬢様!」 屈託無いアンジュの言葉に、リディアの声は悲鳴に近い。ティオは多少の同情を覚えた。 「なぁに?」 「『なぁに?』じゃありません!」 「だってうちはお部屋がたくさん余っているわ。建国祭のこの時期に宿を取るのは大変なのでしょう?」 「そういう問題ではありません! だいたい、旦那様には何と説明なさるおつもりですか?」 「そうです。そこまでご好意に甘えるわけには参りませんわ」 リディアに続いてルウファが恐縮そうに辞退すると、アンジュは涙を浮かべて彼女を見る。 「どうかそんなことをおっしゃらないでください。私、もっと旅のお話を伺いたいのですわ」 どうやらすっかり彼女を気に入った様子である。 「ねぇ、リディアからもお願いして。お父様には私から謝りますわ」 「っ……」 荷台側で従者が言葉に詰まると、御者台の男が溜息をついた。 「諦めろリディア。お嬢様がこう言い出したらお前の負けだ」 おそらく長いこと彼女等を見守ってきたのであろう男の言葉には深い含蓄があった。 「……お客人、お嬢様の仰せです。どうぞ屋敷にご滞在ください」 溜息混じりの少女の言葉に、ルウファが小さくガッツポーズを取ったのを、ティオは見逃さなかったのだった。
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