「硝子の月」
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見ればなかなか立派な二頭立ての馬車であった。 徒歩でもうまくすれば今日中に首都に着く。馬車ならば確実であろう。 「乗ってるのは優しそうなお嬢さん、ね」 透視の魔法でも使ったのか、彼女は小さくそう呟いた。 「ごめんね」 「は? ――っでぇっ!!」 謝られた理由を問うよりも早く、ティオは身をもってそれを知らされた。鋭い空を切る音に一瞬遅れて、まだ完治していない傷口に衝撃が走ったのである。呻き声と共に少年は膝をついて蹲った。 「すみません! 止まってください!」 少女は馬車の進路上に両手を振りながら飛び出した。 「どうなさいました?」 止まった馬車の窓から、彼女のコメントどおり優しそうな女性が顔を見せた。 「はい、実は連れの者が急に苦しみ出しまして……実は彼は先日大怪我を負って、その傷がまだ癒えていないのです」 ルウファは大きな赤い瞳を涙で潤ませてそう訴えた。言っていることに嘘は無い。嘘は無いのだが…… (おっそろしい……) グレンはそんな言葉を胸に秘めたままにしておいた。 「それはお困りでしょう。どうぞお乗りになって。ファス・カイザでよろしければお送り致しますわ」 「お嬢様!」 いかにも育ちのよさそうなお嬢さんは、手ずから馬車のドアを開けてくれた。あわてる従者の言うことなど耳を貸さない。 「ありがとうございます!」 安堵の笑顔を浮かべたルウファの左目から大粒の涙が1つ、ほろりと落ちた。 「お言葉に甘えさせていただきます。ティオ、大丈夫?」 深々と頭を下げ、涙を拭って蹲る少年を気遣う様は実に健気なものである。――事情を知らなければ。 「……後で覚えてろよ」 痛みに耐えながら、少年はやっとのことでそれだけを小さく呟いた。
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