「硝子の月」
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2002年06月15日(土) <首都へ> 瀬生曲

 見ればなかなか立派な二頭立ての馬車であった。
 徒歩でもうまくすれば今日中に首都に着く。馬車ならば確実であろう。
「乗ってるのは優しそうなお嬢さん、ね」
 透視の魔法でも使ったのか、彼女は小さくそう呟いた。
「ごめんね」
「は? ――っでぇっ!!」
 謝られた理由を問うよりも早く、ティオは身をもってそれを知らされた。鋭い空を切る音に一瞬遅れて、まだ完治していない傷口に衝撃が走ったのである。呻き声と共に少年は膝をついて蹲った。
「すみません! 止まってください!」
 少女は馬車の進路上に両手を振りながら飛び出した。
「どうなさいました?」
 止まった馬車の窓から、彼女のコメントどおり優しそうな女性が顔を見せた。
「はい、実は連れの者が急に苦しみ出しまして……実は彼は先日大怪我を負って、その傷がまだ癒えていないのです」
 ルウファは大きな赤い瞳を涙で潤ませてそう訴えた。言っていることに嘘は無い。嘘は無いのだが……
(おっそろしい……)
 グレンはそんな言葉を胸に秘めたままにしておいた。
「それはお困りでしょう。どうぞお乗りになって。ファス・カイザでよろしければお送り致しますわ」
「お嬢様!」
 いかにも育ちのよさそうなお嬢さんは、手ずから馬車のドアを開けてくれた。あわてる従者の言うことなど耳を貸さない。
「ありがとうございます!」
 安堵の笑顔を浮かべたルウファの左目から大粒の涙が1つ、ほろりと落ちた。
「お言葉に甘えさせていただきます。ティオ、大丈夫?」
 深々と頭を下げ、涙を拭って蹲る少年を気遣う様は実に健気なものである。――事情を知らなければ。
「……後で覚えてろよ」
 痛みに耐えながら、少年はやっとのことでそれだけを小さく呟いた。


紗月 護 |MAILHomePage

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